クライマー事件の概要(2)

"クライマー事件の概要(1) - 火薬と鋼"→
 クライマー事件について、裁判に至る経緯から結果まではhttp://neinast.home.att.net/cases/kreimer.htmでほぼ全ての情報を知ることができる。大学生以上の英語力の持ち主で、この問題について詳細を知りたい場合には私の拙い概要よりこちらがお勧めだ。日本語の書籍だと川崎良孝『図書館裁判を考える―アメリカ公立図書館の基本的性格』(日本図書館協会)が最も詳しい。あまり流通していないので図書館で借りるか古書を探すことになると思うが。

裁判に至るまで

 ニューヨーク市近郊にある人口1万7千人の町モリスタウンの公共図書館では、近くの教会でホームレスへの炊き出しが行われていた。1987年頃から利用者によるホームレスへの批判が高まり、中でもRichard R. Kreimerの行動が焦点となった。クライマーは図書館の常連で、利用者につきまとったり職員を凝視したり体臭がひどかったりといったことで利用者や職員を妨害しているとされている(裁判ではクライマー側は平穏な利用者であったと主張している)。これに対して図書館側は迷惑行為の記録を開始し、迷惑行為への対策として1989年5月に利用者行動規則を採択した。規則のうち事件に関わる箇所は3つである。


1. 利用者は館内で公共図書館利用において通常の行動をとるべきである。読書、学習、あるいは図書館資料の利用を行わない利用者には、退館を求めることができる。目的のないぶらつきは許可されない。
5. 利用者は他の利用者の権利を尊重しなければならない。利用者は騒がしい、あるいは乱暴な行動、不必要な凝視、つきまとい、ウォークマンその他の音楽機器を他人に聞こえるように使うこと、歌うこと、ひとり言、その他妨害になる行動によって、他の利用者を悩ませてはならない。
9. 利用者の身なりや衛生状態は地域の公的な場の基準に合致しなくてはならない。この基準には衣服の補修や清潔さを含む。
 図書館の諸規則に違反した利用者には、退館を求めることができる。図書館職員は適切と判断するならモリスタウン警察に連絡しなければならない。
 理事会は館長の勧告によって図書館の規則に違反した利用者に利用を拒否することができる。


 この規則採択後、クライマーは二度退館させられ、ニュージャージー州アメリカ自由人権協会(American Civil Liberties Union, ACLU*1)に相談している。ACLU-NJは、「目的のないぶらつき」「他の利用者を悩ませる」「身なりや衛生状態」について曖昧性*2を指摘し、規則の執行について図書館職員に過大な裁量の余地を与えるものだと主張した。これを受けて図書館は規則を修正した。修正後の規則に対してACLU-NJは一定の理解を示しつつも、やはり規則の執行について職員の裁量の余地が過大で、ホームレスへの差別につながる可能性があるとして懸念を表明した。 これに対して図書館は新規則の修正は行わなかった。
 この時点で既に利用者の違反行為やその対応を規則で定めても、実際の運用において差別的なものになる(行為ではなく所属するグループによって利用できなくなる)可能性があることが論じられている。この点は、図書館とホームレスの問題において後々まで議論となる。
 そして新規則後もクライマーは退館を求められた。1990年1月2日、モリスタウン警察、図書館、図書館理事会、図書館長、図書館職員(3名)、警察官(4名)を相手どって「ホームレスであるため退館させられた」としてニューアークの連邦地方裁判所に提訴した。
→"クライマー事件の概要(3) - 火薬と鋼"

*1:ニュージャージー州アメリカ自由人権協会はACLU-NJと略される。

*2:明確性の原則(doctrines of vagueness)に基づく 。