そろそろ「逆手持ち」について書いておくか

これまで友人との会話で「ナイフや短刀を逆手に持つのは現実にあるのか」という質問を何度か受けたことがある。時代劇やアニメ、漫画などに登場するナイフ、短刀の逆手持ちは、一見して利点が分からない人が多いようだ。
ここでひとつ、一般向けに分かりやすく解説してみよう。なお、今回説明するポイントは分かりやすさ重視であまり多様な側面には触れていない。他で違う説明を見たとしても必ずしもおかしくはないので、その点注意してほしい。
まず、逆手持ち(リバース・グリップ)は様々な武術、格闘技に実際に存在している。ここでは自分がよく知るナイフ格闘の技術の話をする。

グリップの基礎

ナイフのオーソドックスな握り方は3種類ある。
逆手持ち。リバース・グリップ、アイスピック・グリップ。

順手に持ち、親指を伸ばしてナイフの背や鍔(ハンドガード)にかけるセイバー・グリップ

順手に持ち、親指もナイフを握るハンマー・グリップ

これらのグリップ方式にはいくつかの応用形があり、それぞれエッジの向きが逆の持ち方もある。
上の写真のリバース・グリップは親指を柄頭(ハンドルエンド)に乗せているが(サムキャッピングという)、これを行わないリバース・グリップも存在する。特殊な例だが、人差し指をハンドルエンドに乗せる人もいる。

逆手持ちの利点

逆手と順手、最大の違いは、手首の可動域の違いにある。
人間の手首は、人差指側は大きく手の先のほうに動かせるが小指側はそうではない。だから順手にナイフを持つと、手首を曲げ、ナイフと前腕を一直線に近くすることができる。その分、刺突や斬撃を遠くまで行うことができる。また、ナイフ自体も動かしやすい。
ところが逆手に持つと可動域の狭さからかなり動かしにくく、刃先が遠くまで届かない。このため一見利点がないように思われがちだが、実際にはそうではない。実は、可動域が狭い逆手持ちのほうが固定しやすく、力を入れることができるのである(これは握りやすさもあるし、対象に切っ先から当たった時に受ける力の方向も関わる)。


この「力を入れられる」というのは、ナイフのように短い刃物では重要だ。長い刀剣であれば、ある程度ブレずに加速させれば、その長さと重さで相手を殺傷する速度・力に達する。ところが短く軽いナイフでは、切先の加速も重さによる切断力も生じにくい。
逆手で握ることで攻撃に十分な力を乗せやすくなる*1
ただし、こうした特性はどういう技法で使うかにもよるので、不変の鉄則のように考えないほうがいい。ナイフをどこに装備するかも順手・逆手どちらで抜きやすいかに関わる。


この他、ナイフ格闘は徒手格闘の世界*2と直結していて、徒手格闘の技法と同時に行うことが多いというのも理由に挙げられる。
ナイフを持って構えている時、防御や捌きを行おうとしたら、順手持ちと逆手持ち、どちらがやりやすいか。特に至近距離、組討ちのような体勢では、逆手のほうがナイフを相手に当てやすくなる。順手に持っていると、腕を畳んだ状態での攻撃動作は制限されることがある。
しかもセイバーグリップのように親指を伸ばしていると逆に近くへの対処はやりにくくなる。また、ナイフのブレードを相手の体(腕や首など)に引っ掛けてコントロールする技法も逆手のほうがはるかにやりやすい。
こうしたポイントもあって、逆手持ちの技法を好む人間がかなり存在している。
もちろん順手・逆手持ちは互いに有利不利があるため、複数の持ち方の技法を教えている武術も数多くある。

逆手持ちの技法

リバース・グリップではナイフを持った腕をたたみ、近い間合いを攻撃する(攻撃の際も腕をあまり伸ばさない)。
手刀(チョップ)、肘打ち、投げ技のような間合いで相手を突くのである。
あるいはボクシングでパンチングボールを撃つような動きを想像してほしい。あれはリバース・グリップのナイフの用法の一種に比較的近い(ただし、ボクシングと異なりもっと多くの方向での攻撃技術がある)。あるいは組み合うほどの距離で攻撃する技術も存在する。手元に引き込むように攻撃したり、相手の武器や腕にナイフを絡めたりする用法もある。
こうした点から、逆手持ちでは遠くへの斬撃より至近での刺突やさばきを重視していることが多い。

順手持ちの技法

上掲の写真のように、順手持ちにも複数の持ち方がある。
セイバーグリップは、よりナイフの角度を前腕の角度に近づけ、指突や斬撃に利するためにある。また、刃にかかる抵抗を親指が受け止める役割も果たす。
ハンマーグリップは手首の動きを制限せず、斬撃が早く、またしっかり握れるためナイフを相手に奪われにくくなる。どちらかというと大型ナイフで用いられる。
順手でも、手首の角度を逆手と同様に曲げないようにして至近距離で下方(腹部など)を突く場合は力を入れることができる。分かりやすく言えば、ヤクザが腰だめにドス持って突っ込んでくるのもこれと同じだ。


なお、フィクションの世界でナイフ格闘の描写に最も無理があるのはゲームだろう(他ではそもそも動きの描写が少ない)。海外のFPSや日本のアクションゲームで攻撃パターンが単調だとか動きがおかしいというのはしょうがないとして、イベントムービーくらいちゃんとした人間の動きを採用すればいいのに……と思うものがある。
だがそれも、リアルさを売りにしている場合は、という条件付きの話だが。時代劇と実際の剣術が違うように、ゲームのナイフ格闘はゲームの都合や演出重視のものだと思ってほしい。


続編>>動画を例にナイフの逆手持ちの意義を書く - 火薬と鋼

*1:逆に長い刀剣を逆手に持つメリットは極めて少ない。刀剣を常時逆手に使うような技法や流派は実在しないはずである。

*2:よく知られてているナイフ格闘は、東南アジア(フィリピンやインドネシア、マレーシア)の格闘技が基本であり、これらは徒手格闘と武器格闘がセットになっている。