マクガバン・レポートを巡る伝説

 マクガバン・レポートに関するメモ (追記あり) - 火薬と鋼の続編。
 本来まともな報告であったマクガバン・レポートがトンデモ健康法の世界で歪められている件について、前回はメモとして書いてみた。
 今回は参考になりそうな資料にあたって更にその伝説―真実とは思えないような部分―について追っている。
 疑問の果てに、伝説の起源はみつかるのだろうか。

持田鋼一郎『世界が認めた和食の知恵 マクロビオティック物語』(新潮社、2005.2)

 一つ目はマクロビオティックの世界での扱いの典型例。

アメリカ上院の栄養問題特別委員会が世界的規模で行った慢性病と栄養に関する調査報告書である。

 疑問:「世界的規模」は本当なのか。アメリカの食生活のための報告で、元になったのはそれ以前の委員会の調査やヒアリングなのに。

「がんや血管・心臓病などの慢性病が増えた原因は食生活の誤りにある。食生活を改めなければ、先進国は慢性病の激増によって滅亡してしまう」と明言されていた。

 疑問:先進国は慢性病の激増で滅亡という記述が本当にあるのか。

ジョージ・マクギャバンはこのレポートを「われわれは愚かだった。目が見えないも同然だった」と涙ながらに発表し、センセーションを巻き起こした。

 疑問:本当にそんな事があったのだろうか。
 なお、当時のマクガバンの様子はコメディ調のドミュメンタリーFAT HEADの中で紹介されている。
 

実は、このマクギャバン・レポートを推進する原動力となったのはマクロビオティックの理論だったのである。
報告書を作成した委員会はマクロビオティックを大いに参考にしていた。

 疑問:全面的に疑わしい。
 報告の結論はマクロビの理論と合わない(特に鶏肉や魚肉の推奨、食塩の摂取の制限)。

後にジョージ・マクギャバンマクロビオティックの食事法を「がんを防ぐ上で効果のある興味深い食事法だ」と証言している。

 疑問:そんな事実があったらアメリカのマクロビ関連サイトでもっと宣伝に使われてないか?


 この他、この本には「国連に国際マクロビオティック協会が設けられた」などのツッコミどころが無数に存在するが、全項つっこみ所なのであえて紹介しない。
 この本まで極端ではないが、マクロビの本やWebサイトではマクガバン・レポートの内容がマクロビと合致するとしていることが多い。
 しかし、さすがに英語圏ではマクロビがレポートに影響を与えたというような事は書かれていない。

新谷弘実『病気にならない生き方 ミラクルエンザイムが寿命を決める』(サンマーク出版、2005.7)

(前略)五千ページにもおよぶ「マクガバン・レポート」です。

 疑問:アメリカ政府から出版された同報告は79ページなのだが、その5,000という数字はどこから来たのか。

もっとも理想的な食事と定義したのは、なんと元禄時代以前の日本の食事でした。

 疑問:レポートで提示された目標や導入には一切こうした記述がない。本文にもないのではないか。


 マクガバン・レポートが一人歩きした典型例が新谷の本だと言える。
 同書はかなり売れたようだし、マクガバン・レポートに関する伝説を普及する役割を果たしたのではないだろうか。

謎の多い古澤太香子の分子栄養学

 さて、ここまで見たいくつかの内容のうち、いくつかの疑わしい要素は1998年の古澤太香子の講演記録に既に登場している。
 この人の講演記録は同じ内容のものがいくつもWebにあるので、容易に内容を確認できる。
例)http://www.pdfworld.co.jp/museum/shiryo/eiyou/005.html
  http://homepage2.nifty.com/kumigold/pharmanex/news/20017_1htmi.htm

その時に委員長になったのがジョージ・マクガバンという副大統領候補だったんです。

 勝手に副大統領候補にするな!
 なお、マクガバンレポートを紹介しているサイトでは、マクガバンを副大統領にしてしまっている例もある*1
 マクガバンは当時副大統領候補でも副大統領でもない。

こうゆう委員会の委員長になったら、もうそれだけで政治生命というのは無いんですよ。
どうしてかって言うと『今の医学は・・・・・』と言っちゃうわけですから、全米医学学会が敵に回るわけです。
『肉なんかばっかり食べてちゃダメだ』って言うわけですから、全米畜産業界が敵に回るわけですね。
当然翌年は副大統領選挙に落ちました。でもそうゆう勇気ある人なんです。

 1978年に副大統領選挙なんて無い。
 この政治生命をかけてレポートを出したというのもマクガバンレポートを紹介したトンデモ健康法のサイトでよく見られる。


 この他、レポートが5,000ページだとか調査対象が3,000人だとかいった、後々まで使われる大仰な(疑わしい)数字もここに登場している。
 エドワード・ケネディが日本の長寿村を調査したといった部分も眉唾だ。
 とにかく、確認できたものではマクガバン・レポート関連の伝説の中で一番古い出典だ(1998年という年代が正しいのであれば)。
 それにしてもこれだけあちこちで引用されているのに講演の日時や場所の情報がまったくない。
 古澤太香子についてCiNiiや国会図書館NDL-OPAC雑誌記事索引で検索しても著作・論文がみつからない。
 講演記録はニューウェイズのようなマルチ商法関係のサイトや健康食品を売るサイトで掲載されている。
 古澤太香子の講演内容がサプリを推奨するものだからだろう。
 憶測だが、この講演記録なるものはサプリを売るために業者が作ったものがえんえんコピペされているのではないだろうか。
 この講演記録はそうしたビジネス用だけでなく、個人のマクロビ関連サイトや学校栄養職員向けの研修資料にまで使われている*2
 さて、これより古い起源があるのかどうか。また、こうした情報はどこまで広がっているのか。
 また何か分かったらエントリにまとめたい。


続き→マクガバン・レポートの真実 - 火薬と鋼