漫画の中のロシア武術システマ 補遺 『ツマヌダ格闘街』追加2

漫画の中のロシア武術システマ第4回漫画の中のロシア武術システマ 補遺『ツマヌダ格闘街』追加のその後。
月刊ヤングキングアワーズGH』2014年8月号掲載の『ツマヌダ格闘街』に本格的にシステマが登場したので、紹介する。



このエピソードでは主人公ミツルの師・ドラエに関わる重要人物としてドラエの双子の姉・アナスタシアが登場する。
アナスタシアのお付きであるバウワンはシステマ使いであり、ミツルとその友人達はバウワンからシステマの指導を受けることになる。
この回以前からバウワンは登場し、システマの技術を見せているのだが、その号は見ていない。
後で入手したら紹介するかもしれないが、単行本になるまで待つことになるかもしれない。(→2015年に確認)


上山道郎ツマヌダ格闘街』Fight: 97(『月刊ヤングキングアワーズGH』2014年8月号、少年画報社)より

上のコマはシステマの基礎エクササイズ(回転受け身(ローリング)、スクワット、シットアップ)の後、システマの4原則「呼吸・リラックス・姿勢を保つ・動き続ける」についてバウワンが説明しているシーンである。
ステマのエクササイズについて指導を受けたキャラクター達は、軍隊格闘術らしからぬやさしい(難易度ではなくソフト-ハードでいうソフトな)練習に意外さを感じる。
その一連のやり取りの中で以前の紹介でも登場したキャラクター・カイン王子は自分がシステマを過去に学んだことを語り、次のように説明する。

「システマが重視するのは心と身体が自由を失わないことだ」
「どんなテクニックを練習していても心が動揺していては本番で使いこなすことはできない……」
「常に自由でいるために心身を鍛える技術……それがシステマだと僕は解釈している」


上山道郎ツマヌダ格闘街』Fight: 97(『月刊ヤングキングアワーズGH』2014年8月号、少年画報社)より

この前後のシステマに対する感想や説明から、読者にしてシステマ経験者である私には少しずつ引っかかる部分が出てくる。

  • ステマの基礎エクササイズをするキャラクターは「ヨガみたい」と言い、バウワンも同意している。

 →ヨガとシステマの基礎の練習が似ているとは思わない。

  • カイン王子がシステマを学んでいたという説明について。

 →王子がシステマの呼吸法を使ったエピソードはあったが、それ以外にシステマらしい動きを見せていない。最も王子は複数の格闘技経験があるようなので、これはそれほどおかしな事ではない。

  • ミツルの「呼吸・姿勢・リラックス…たしかにシステマは明道流と良く似ている…」という台詞

 →明道流柔術は主人公ミツルが学んでいる架空の流派だが、これまでの指導や技術を見る限りシステマと「良く似ている」はない。しかしこの明道流とシステマがよく似ているというのはこの後も繰り返される今回の重要なポイントだ。



上山道郎ツマヌダ格闘街』Fight: 97(『月刊ヤングキングアワーズGH』2014年8月号、少年画報社)より

次に簡易なダミーナイフ(ここでは木の板にアルミホイルを巻いたもの)を受け流す練習をする。
練習内容自体は、おかしな部分はない。
「システマの4原則によってこの動きが成り立っていること」「武器に対して慣れること」「武器に対処するのにブロックしては危険なので受け流す」ということがポイントだ。
ストーリー上は剣術を前提にしている明道流と対武器を前提としているシステマの類似を強調する展開になっている。
気になったのは、バウワンがシステマの指導としては自らがあまりデモンストレーションを行っていないことだ。他の人間にやらせてばかりだし、システマから遠い動きを見せた人間への指導も行っていない。現実のシステマのインストラクターと異なりバウワンが自らの技術を出していないのはストーリー上の都合というものだろう。


ここでミツルは詳しく指導されていないにも関わらず、システマの受けを自然と実践してみせる。




上山道郎ツマヌダ格闘街』Fight: 97(『月刊ヤングキングアワーズGH』2014年8月号、少年画報社)より

カイン王子はミツルの体を掴んだ状態でナイフを押し込み、ミツルは腕を使わずに受け流す。
ステマの4原則に従って動いたミツルは自然に受け流し、その結果王子は自身が攻撃する力みで体勢を崩してしまう。
バウワンはそれを見て「まるで もうシステマを10年もシステマを修行してきたような動き……」と褒めている。
更にその後、今度はバウワンが殺気を持ってナイフで斬りかかり、それにミツルが対処して見せる。


上山道郎ツマヌダ格闘街』Fight: 97(『月刊ヤングキングアワーズGH』2014年8月号、少年画報社)より

上は首に斬りかかるナイフを受け流し、そのまま相手に返す場面。


ミツルがこうした技をいきなりやれたのは、明道流とシステマが類似していてミツルの明道流の技術レベルが高いためであることが示唆されている。
この展開は、以前、漫画の中のロシア武術システマ 第3回『TOUGH (タフ)』 - 火薬と鋼で紹介した話で灘神影流とシステマが同じ技術だとされているのと同じような印象を受けた。
これまで登場した明道流の技術はシステマと似ていない。歩法や突きを見ても別物だし、身体操作にも違いがある。
ステマの「姿勢を保つ」と明道流(あるいは根底にある日本の武術)の「正中線」といったキーワードの意味の類似性から似ていることにしたのか、それとも大きな動きや力で相手を押さえるのではなく、柔らかい動きで相手をコントロールするところに類似性を見出したのかと思う。
そうした類似の認識は、理解の一助にはなるかもしれないが、アプローチや運用の違いを忘れているのではないだろうか。
実際には技術以外の練習体系や心理的側面、相手との関係性など様々な面で違いがあって、その点は今後の展開次第では説明されるかもしれないし、されないかもしれない。この辺はなかなか難しいところだ。最近の描写を見ると、明道流とシステマに昔つながりがあったという話が出てくる可能性も考えられる。
ともかく、現実のシステマの練習や説明に基づいた描写がある漫画の例が一つ増えたのは喜ばしいことだ。



余談。
灘神影流と明道流柔術とシステマが似ているとするとどこかの時点で日露武術交流があった可能性がある。
灘神影流と明道流柔術に共通するのは創始者に新陰流の影響があること*1。つまり新陰流とロシアの関わりが考えられる。
読者の中にはここで江戸柳生によってシベリアに追いやられた北柳生=シベリア柳生を想起する人も多いのではないだろうか。
つまりシステマも柳生だった…?
と関係各所に怒られそうなことを考えた。

*1:厳密に言うと両者とも設定はもっと細かい。