- 作者: 原田実
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2014/08/26
- メディア: 新書
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近年、教育の世界では江戸時代に町人のマナーとして作られたという江戸しぐさを教える例が増えている。公民の教科書や道徳教材に取り入れられ、自治体の講演や企業研修でも使われている。
しかしこの「江戸しぐさ」、江戸時代のマナーというのは真っ赤な嘘なのである。江戸しぐさの広まりとともにネット上では批判が増え、その嘘や問題点も少しは知られるようになったが、一旦浸透してしまったインチキはなかなか消えない。
この本は、Twitterで過去に何度も江戸しぐさの問題について言及してきた原田実氏がこれまでの氏の調査を元に江戸しぐさの嘘とその来歴、問題点について解説している。
本書にはいくつかのポイントがあるが、私の視点では次のようにまとめられると思う。
(1) 江戸しぐさの嘘。江戸しぐさとされるしぐさが、江戸時代の習慣や記録、事物から考えてありえないこと。
(2) 江戸しぐさのうち特に無理のある部分。江戸しぐさを恐れた明治政府による江戸っ子虐殺や江戸時代の食品としてのトマト入りの野菜スープ、チョコレート入りのパンなど。
(3) 江戸しぐさの歴史。江戸しぐさはいかにして作られたか。その発祥と変容、受容。
(4) 江戸しぐさの教育問題。江戸しぐさに含まれる問題のある内容と、教育にインチキの歴史を持ち込む問題。
本来なら(1)の問題で教育への普及は防げるはずだが、思ったよりも江戸時代の文化が知られていないということもあってか、江戸しぐさは強固に根付いてしまった。この問題について、本書ではネットに過去書かれた内容よりもかなり踏み込んで批判がなされている。
(2)に至っては論外というか、多くの人がおかしいと思うような部分だが、こういった側面はどれだけ知られているのだろう。
また、(3)について、創始者の芝三光やその弟子・越川禮子らの来歴から考察する江戸しぐさの起源・変化については読み物としても面白い。
一方、(4)の教育問題についてはTOSSや掛け算順序問題など多くの例を出したためか、説明不足で少し気になる部分もある。
例えば中国語地名で漢字表記をやめ、カタカナ表記のみになっている問題について。
たとえば、文部科学省と国語審議会では、社会・地理などの教科書・教材に用いる中国語の地名から漢字表記を廃し、カタカナ表記にする方針に向かっている。
(『江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統』196ページ)
この部分の問題点として、国語審議会は現在存在しない。省庁再編によって廃止され、文化審議会国語分科会が継いでいる。
現在のカタカタ表記の流れや資料を作ったのは国語審議会なのだが、文部科学省と並べて現在の方針として書くのであればおかしな書き方である。
また、掛け算の式の順番を問題文に登場した通りに強制する掛け算順序問題について、次のような記述がある。
そのような考え方になれてしまうと、後で乗法の交換法則を学んだ時にかえって混乱すると思うのだが、現在の小学校教師はカップリングを考える腐女子の如くに掛け算の順序の前後にこだわることを余儀なくされている。
(『江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統』197ページ)
カップリングと掛け算については、オタク的知識がないと分からない人も多いのではないだろうか。注が欲しかったところだ。また、この書き方だと教師は掛け算の順序にこだわらない教え方を理想と考えており、外部から順序を強制されているかのように読めるが、実際には教師が率先して順序を固定する教育を行っている例がある。これはニュアンスの問題だが…。
些細なことだが、こうした部分については、できれば改めたほうがいいと思う。
本書は江戸しぐさというインチキについて、より多くの人に知ってもらうために必読の本であり、今後も売れると思われるのでなおさらだ。