後から動く速さ〜『システマを極めるストライク!』で紹介された論文について〜

ロシア武術─自他を守り、心身を開発する打撃アート システマを極めるストライク! ストライカーとレシーバーのSETワークで学ぶ

ロシア武術─自他を守り、心身を開発する打撃アート システマを極めるストライク! ストライカーとレシーバーのSETワークで学ぶ

先月発売されたシステマの本『システマを極めるストライク!』の記述について、少し解説を加えてみる。
この本を読んだ人向けの内容だが、読んでいない人でも武術や銃撃戦に興味がある人には通じる話だ。


『システマを極めるストライク!』38ページ、ディフェンスについての説明で、先制攻撃よりも相手のアクションに対するリアクションのほうが速いという説明に次の論文が紹介されている。

(前略)イギリスの科学雑誌『Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences : 2010年2月号 When reaction beats intention (アクションがインテンション=意図を打ち負かす時)』で報告された画期的な研究にこの伝統的な考え方が記されている。

ここで紹介されている論文のタイトルは、正式にはThe quick and the dead: when reaction beats intentionという。
以下に全文が公開されている。
http://rspb.royalsocietypublishing.org/content/early/2010/01/28/rspb.2009.2123.full
この論文の実験は、参加者を2人1組に分け、相手より速くボタンを押す勝負をさせるというものだ。参加者は自発的にボタンを押すか、相手が押したことに反応して押す。実験の結果、相手の動きに反応してボタンを押した方が、自発的に押した方より行動速度が平均0.021秒速かった。
なお、有名な物理学者ニールス・ボーアが同様の問題についておもちゃの鉄砲の早撃ち勝負で実験をした逸話は良く知られている(その場合も相手の反応を見て銃を撃つ側が勝った)。
この論文は、西部劇でしばしば後から銃を抜いた側が勝つことの裏づけとして報じられた。
西部劇の「電光石火の早撃ち」、科学的に立証? 英研究 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News


最も、論文を読めば分かるように単純に銃撃戦のコンテクストに援用することには否定的だ。
報道のコメントでも次のように語られている。

「脳が手が動かすよう指令を出すまでにさらに0.02秒必要なため、おそらく決闘で勝つのは難しいだろう。だが、突っ込んでくるバスを避ける場合ならどうか」とウェルチマン博士。
西部劇の「電光石火の早撃ち」、科学的に立証? 英研究 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

早撃ちでの有利不利についてはまた別の検証が必要だろう。
反応時間と動作にかかる時間の都合により、あらゆる局面で反応によって動く方が有利になるわけではないが、武術で求められている動きの中には該当する条件もあるのではないかと考えられる。
関連する研究として、空手の突きの自発/反応による違いを研究した次の論文では、反応性の動きの精度や速度が優れているという結果が出ている。
Kinematics of self-initiated and reactive karate punches. - PubMed - NCBI