志茂田景樹『出雲津軽縄文神の血族』(中央公論社、1984年)


先日、創作武術流派の話題で作者が考えたオリジナルの武術が登場する小説として志茂田景樹『出雲津軽縄文神の血族』(中央公論社1984年)に言及した。
言及したとは言え、この小説の内容をかなり忘れていたので今週読み返した。
今となってはこの本について触れている人もネットにいないので書いておこう。

表紙に「伝奇トラベルミステリー」とあるが、古代から続く謎の一族、格闘アクションなどの内容は現代伝奇と言っていい。
内容のベースとなっているのは今や偽書として有名な『東日流外三郡誌』だ。
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本作の主人公・麻生啓太郎は旅行雑誌ライターで、成り行きで自分が遭遇した殺人事件を追う事になる。
麻生はそこで『東日流外三郡誌』に書かれた歴史に基づく出雲と津軽の古代史と、その時代から続く集団と向き合うことになるというのが主な内容だ。この説明では何だかよく分からないと思うが実は読んでいても終盤まで事情がよく分からない。

麻生は事件を追うだけでなく合気道の達人で敵集団と戦う場面がある。
そこで敵の集団は謎の武術を使う。これが本題の創作武術だ。
後に明かされることだが、出雲、津軽の古代から続く集団の双方に同様の武術が伝わっていて、元々は弥生時代後期に大陸から出雲に伝わった導引術が元になったとされている。出雲から津軽に渡った人々がいたため津軽の集団にも伝わっているのだという。
その謎の武術は陰流真拳と呼ばれている(愛洲移香斎の陰流は関係ない)。
出雲大社には陰の御師・陰流御師というのがいて、そこに伝わる武術だ。
暗殺拳であり、矛・棒も使い、また導引術が起源なので長生の術もある。
暗殺拳という表現は北斗の拳のようだが、陰流真拳の暗殺は毒殺の技術も含まれている。山桃の花から青酸カリを抽出するのである。
この毒の製法はメソポタミア古代エジプトから伝来したとされており、この辺はいかにも古史古伝を元にした壮大さがある。
陰流真拳の技術が格闘や毒物といった実際にありえそうな技術以外に呼吸法による仮死の技術が登場するあたりになるとかなり伝奇色が強い。
そもそもトラベルミステリーと言いつつ殺人事件を推理できるような要素がない。
トラベルミステリーという表紙の説明で西村京太郎みたいな話を想像した人は面食らうだろう。
やはり陰流真拳が万能すぎることがミステリーとしての問題だ。
身軽で木に素早く登り、投げられても猫のように受ける受身の技があり、催眠術で人を操り、青酸毒で毒殺し、長生の技術で100歳以上まで生き、呼吸法で心臓を止めて死を装い、武器として矛や棒、手裏剣を使い、潜水の技術で溺死させる。
ここまで何でもできると推理どうこうの余地はない。しかも個人ではなく集団が使える。
一方で、陰流真拳には弱点もある。正面と後ろからの攻撃には強いが、横からの攻撃には弱いことだ。
終盤近くに主人公に情報提供した人物から明かされたこの弱点から、最後にこの弱点を突いて主人公が勝つと思うがそういう展開にならない。
全体としてはおかしい話なのだが、膨大な『東日流外三郡誌』ネタを取り入れているところや武術知識の正確さ(この時代にしては)は作者の吸収力の高さをうかがわせる。
ここまで一部ネタバレしているが、これまでの情報を知っても実際読むと事前に想像した話と違う内容に驚くことだろう。
電子書籍になっていないし今となってはなかなか読む人はいないかもしれないが…。