皆さんは海部刀という刀をご存知だろうか。
かなり限られた人しか知らないだろうが、徳島の海部という地域で作られた刀だ。
普通のスタイルの刀もあるが、一種独特のスタイルの片切刃造りの刀がある。
中にはサバイバルナイフのように背にノコギリがついたものもある。
美術刀剣の世界で高い評価があるわけではないが、私のように変り種を見るのが好きな人間には魅力的だ。
せっかくの連休なので、徳島まで見にいってきた。
以下、刀の写真ばかり並ぶので注意。
海部刀がまとまって見られるのは徳島県の阿波海南文化村(http://www.town.kaiyo.lg.jp/docs/2016082700026/)にある海陽町立博物館だ。
撮影は海陽町立博物館で許可を頂いて撮影した。
町立博物館には発掘物等の展示の他、海部刀専門の展示コーナーがある。
海部刀以外に甲冑や火縄銃も展示されている。
名刀と名高い岩切海部(これは福岡にある)と並ぶとされる南北朝末の刀。
古刀の時代(慶長以前)は相州伝の影響が色濃いオーソドックスな刀が多い。
以下、時代順に刀剣が展示されている。
新刀期の海部刀の一つの典型。
この時代、片切刃造り(片面は切刃造り、もう片面は平造り)の脇差が多く、田舎造りとなる。
また海部拵という桜皮や樺皮を細工して巻いた鞘・柄がある。
刀身に銘が切ってあるのもこの時期の海部刀の特徴。
鋸刃が峰につけられた異色の脇差と短刀。このほか、海部刀には刀身に穴のあいた刀もあったという(この展示物にはない)。
鋸刃は阿波水軍で使われ、船具を切る工具として使用された考えられている。
あるいは、敵の陣地の柵等を破るためのものと考えられる。
ちょうど近代(〜第一次世界大戦)のヨーロッパの工兵の軍刀や銃剣に同様の鋸刃がついたものがあったように。
刀身に穴のあけられた刀は、縄を通して背負って海中に潜り、艫綱の切断等に使われたのではないかとされている。
のこぎり刃は通常の鋸のように鋭い。
鞘や鍔には大工道具を意匠とした装飾がある。
柄も通常の日本刀とは違う。
寛政から幕末までの新々刀期になると長寸の鎬造りの刀も見られる。
写真下の刀は秋山伊助の伏見百人切りの刀(岡田一郎『海部刀』(徳島新聞出版部, 1960年)で紹介されている話。))
この他海部庖丁と呼ばれた幅広の脇差もこの時期にあった。
上の写真のように現代の刀工によって再現された海部刀も展示されている。
写真は展示物の一部で、実際にはもっと多くの海部刀が展示されていた。
世間には海部刀については専門で扱った資料も少なく、実物をまとめて見る機会も無いので、この博物館ならではの見物だと言える。