現代ロシア軍ナイフを知ろう

軍装備品のマニアやナイフのマニアの間でも、現代ロシア軍のナイフはあまり知られていない。これは、単純に情報がないということもあるし、民間人への販売がほとんどされていないせいもある。このため漫画やゲームのロシア軍兵士・元ロシア軍兵士といったキャラクターでも、ナイフに関してはあまりよく考証されていないことが多い。
今回は、2012年までの現代ロシア軍のナイフについて、分かる範囲で情報を伝えよう。

民間のナイフ製造会社の時代の始まり

ソ連時代、軍用ナイフは国営工場、軍の兵器工廠で製造されるものだった。ソ連崩壊後、こうした体制は一新され、1992年からロシア軍は民間企業のナイフを購入するようになった。
1990年代、どういう訳かロシア軍は典型的な「サバイバルナイフ」を数多く企業から購入している。ブレードの片側にノコギリがある、あるいはパイプ状のハンドルにサバイバルギアが収納できるというものだ。この時代のロシア製サバイバルナイフについては資料が少なく、Webではコレクターの写真くらいしか情報がない。
90年代のロシア軍用ナイフの例 http://i031.radikal.ru/1103/f1/e44741226a50.jpg
こうしたロシア製サバイバルナイフはその後ほとんど姿を消し、イズマッシュのみが今も製造している。
イズマッシュの軍用サバイバルナイフ http://www.izhmash.ru/eng/product/hun-kni.shtml
このナイフについては頑住吉さんが海外雑誌の記事を翻訳紹介している。
頑住吉さんのサイトよりhttp://homepage3.nifty.com/gun45/iwanrambowitsch.htm
こうしたサバイバルナイフにはスペインのアイトール社のジャングルキングの影響が見られる。90年代のロシアのナイフ製造会社は開発能力・製造能力に課題があり、ナイフとしての完成度は高くない。

デザインの発展

1990年代末には企業が十分な技術を持つようになり、ナイフのデザインにも変化が出てきた。そういった状況下でロシアの軍用ナイフに最も影響が強い人物は、I.A.スクリレブ(スクリレフ。I.A. Skrylev ; И.А.Скрылев)である。
スクリレプは1956年生まれで、軍用ナイフが民間製造される以前から軍用ナイフをデザインしてきた。ロシアの軍用ナイフのうち、個性的なナイフはほとんどが彼のデザインであると言ってもいいほど多くのナイフの開発に関わっている。
スペツナズ・マチェット」の名前で知られるサバイバル・マチェット「タイガ」は彼の最初の作品である。
http://interestingswords.com/machete/russian-machete-taiga.html
彼はNOKS社やMelita-K社といった複数の民間ナイフ会社のデザインを多数行うと同時にナイフ関係の本、雑誌記事も書いている。
スクリレブの著作 Amazon.com: Skrylev I.A.: Books
2000年前後から彼のデザインもナイフ製造会社の技術や現場の要求にあわせ、変化してきた。
例えば私が持っている「カラテル」はスクリレブのデザインであり、変化後の一例である。
ロシア軍特殊部隊用ナイフ "カラテル" - 火薬と鋼
スペツナズ・マチェットのような製造しやすさを重視した形状よりも扱いやすさを重視し、特にハンドルはより曲線的な人間工学を意識したような形状になった。
これはスクリレブ・デザイン以外の軍用ナイフにも言えることで、以前より洗練されたナイフになってきている。とは言えアメリカのナイフファクトリーなどとはまた違った個性があり、中には未成熟な部分もある。次に具体例を見ていこう。

現在の軍用ナイフ製造企業

2000年前後からより完成度が高くなった民間のナイフ製造会社だが、多くの軍用ナイフは民間に販売されていないし、輸出もあまりされていない。ロシアでは軍用ナイフの多くは武器として規制対象になっているためだ。狩猟用として認められたごく一部のものを除き、民間人が購入するのは難しい。このため情報が限られている点を容赦いただきたい。


・Kizlyar(キズリャル)(http://www.kizlyar.ru/eng/
キズリャルは、その名の通りロシア南部ダゲスタン共和国のキズリャル市の地場産業である刃物・刀剣生産から生まれたナイフ会社である。ロシアのナイフ製造会社としては珍しく欧米へも進出している。このため海外のナイフ雑誌で記事になることもあり、入手もしやすい。
軍用として有名なものは、大型ナイフやダガーナイフである。公式サイトではしばしは"Hunting"に分類されているので探す際は注意が必要だ。
大型ナイフのDV-2の記事 Spetsnaz Recon Steel | Combat Knives
大型ナイフのVoron-3記事 Russian Special Forces Fighter | Combat Knife Review
ダガー「STALKER」の写真 http://www.kizlyar.ru/products/stalker-rukoyat-iz-elastrona

こうした傾向のナイフが数多くのバリエーションとともに製造されている。


・Melita-K(メリタK) (http://melitak.com/
Melita-Kは、ロシアで最も高価な軍用ナイフを作る民間企業である。同社の大型ナイフの多くはアメリカで購入するなら200〜350ドル程度であり、これはアメリカの軍用ナイフと比較しても高い部類だ。デザインはスクリレブが行ったもので、軍用ナイフとしては欧米の軍採用品では見られないような複雑な形状や手加工を取り入れた仕上げが特徴となっている。軍向けのナイフにはスローイングナイフやダガー、コンバットナイフ、ダイビングナイフ、マルチツールがある。
同社のナイフは軍関係者や特殊部隊隊員の業績に対する贈答品・記念品としても使われ、贈答用のレザーワッシャーハンドル(真鍮の薄板を入れている)のモデルがある。
また、同社の「カラテル」は軍隊格闘技のシステマのひとつ、カドチニコフ・システマでロシアの近接格闘でよく使われるナイフとして紹介されている。
カドチニコフ・システマの記事The Russian Combat Knife. The Concept of the Blade - Kadochnikov System Russian Martial Art


・NOKS (http://www.noksknives.ru/
NOKSもスクリレブのデザインに基づいたナイフを製造している。SMERSH(http://www.plam.ru/hobbirem/boevye_nozhi/i_050.jpg)やスペツナズ・マチェットの最新モデル http://www.noksknives.ru/catalog/production/machete/812-240222/などが代表的。
他にも多数のナイフを製造している。最近はイタリアのFOXナイフのようなデザインのナイフも作っている。全てがスクリレブのデザインによるナイフかは不明。


・SARO (http://www.saro.su/
SAROは軍用ダイバーナイフとサバイバル・マチェットを中心に多くのモデルを製造している。変わっているのは、バタフライナイフやバタフライナイフ状のシャベルがある点。この会社のナイフも多くはスクリレブのデザインによるものだ。
ヴォロン(ワタリガラスhttp://www.saro.su/product/nozh-voron/
ダイビングナイフ「アクーラ(鮫)」нож «Акула»
サバイバルマチェットнож выживания "Экспедиционный"

同社のダイビングナイフは以前はイギリス等に輸出されていたのだが、最近は見ない。


AIR (http://zlatoust-air.ru/
AIRは伝統的なスタイルのナイフを中心に製造しているが、軍用ナイフも一部製造している。
同社のhttp://www.zlatoust-air.ru/shop/product/nozh-oprichnik-rukojat-kozha-/は、Melita-Kのカラテルの原型であり、スクリレブのデザインに基づいている。また、旧ソ連軍のナイフのデザインを元にしたナイフも製造している。例えば次のナイフはソ連軍偵察兵のナイフのリニューアル版。
スカウトナイフ http://www.zlatoust-air.ru/shop/product/nozh-razvedbat-rukojat-kraton-/


・KAMPO (http://www.kampo.ru/
KAMPOはダイビングや航空宇宙分野、医療分野の酸素供給などライフサポートシステムを製造する会社である。ダイバー用の機器を作る流れから、軍用ダイビングナイフも開発、製造している。
イタリアのエクストリーマ・ラティオ社の影響が見られるが、全体としては独自のデザインになっている。
軍用ナイフカタログ http://kampo.ru/content/nozhi
表面加工技術にナノテクノロジーを活用したコーティングが施されていると報道されたが、具体的にどのようなものかは分からなかった。


ざっと現代のロシア軍用ナイフを紹介したが、これは一部である。紹介しきれないものもあり、また公式サイトでは分からないバリエーションもある。こういったナイフのほとんどは軍や国の機関の特殊部隊用であり、一般の兵士に行き渡っているものではない(一般の兵士は大抵イズマッシュ製のAK銃剣)。少数の採用が多いせいもあって軍での実態があまり把握できないのが残念なところだ。
(2013-01-05)
本記事で紹介したナイフデザイナー、I.A. Skrylevの訃報が伝えられた。享年57歳。