スペツナズの本から「シャベルと男達」

1980年代のスペツナズについて書かれた本から、シャベルについて書かれた部分を紹介する。
1987年に出版されたSpetsnaz : The Story Behind the Soviet SASという本が出典だ。
この本の著者ヴィクトル・スヴォーロフは1978年にイギリスに亡命したソ連参謀本部情報総局(GRU)の元諜報員。
内容はタイトル通りソ連の特殊部隊スペツナズを解説した本である。スペツナズというと特殊部隊の総称になっていて、ソ連/ロシアには多くの特殊部隊があるため話がややこしいが、この本で扱われているのはGRU所属のスペツナズだ。

SPETSNAZ

SPETSNAZ

上の本はペーパーバックのリプリント版。

この本の第一章は"Spades and Men"、つまり「シャベルと男達」というタイトルで、ソ連軍の歩兵におけるシャベルとスペツナズにおけるシャベルの違いがテーマになっている。スペード(spade)というのは踏み鋤のことだ。軍用シャベルは英語ではshovelではなくしばしばspadeとされる。
この章は前半が歩兵のシャベルの使用方法、後半がスペツナズ隊員のシャベルの使用方法で、両者が全く異なっていることが示されている。
歩兵のシャベルの使用目的は第一に塹壕掘りであり、それ以外にも多くの用途に使われる。一方、スペツナズの兵士にとっての主な使用目的は戦闘の武器である。歩兵とは違ったシャベルの使い方を身につけたスペツナズの兵士の本―著者は自らの本をそう表現している。
以下、このスペツナズとシャベルについての部分を拙訳だが翻訳してみよう。

本書では、歩兵ではなくスペツナズとして知られている部隊に所属する兵士について語る。スペツナズの兵士は、塹壕を掘ることはない。と言うより彼らは防御陣地を敷くことはない。スペツナズ隊員は敵を急襲し、抵抗や優勢な敵軍にあえば現れた時と同様に速やかに姿を消し、敵が予想もしない場所・時間に再び襲いかかる。
驚くべきことに、スペツナズの兵士も小さな歩兵用シャベルを携行する。なぜ彼らにシャベルが必要なのか? スペツナズ隊員がシャベルをどう使用するかを言葉で説明することは事実上不可能だ。実際にどう使うかを見なければ分からない。スペツナズ隊員が手にするシャベルは、無駄な音を出さない恐ろしい武器であり、スペツナズの全ての隊員は、歩兵より多くのシャベル術の訓練を行っている。まず、隊員が最初に学ぶのは精度だ:シャベルのエッジで木を細かく断ち割れるように、ガラス瓶の頭部を瓶が倒れないように切り飛ばすことができるように。スペツナズ隊員はシャベルを愛し、その精度を信頼するようになる。切り株の上に指を広げて手を置き、シャベルのエッジをその切り株に振り下ろせるようになる。シャベルを斧と全く同じようにうまく使えるようになると、より複雑なことを学ぶ。小さなシャベルは銃剣、ナイフ、拳、シャベルに対する格闘戦で使うことができる。興味深い競技のために小さなシャベルだけを武器として持った隊員を狂犬と密室に閉じ込める。最終的にスペツナズ隊員は、剣や戦斧を使うのと同様の正確さでシャベルを投げることを教わる。戦闘において投擲の回転はシャベルに精度と推力を与える。それは恐ろしい武器になる。もし樹木に突き刺さると引き抜くのは容易ではない。スペツナズの隊員は通常、敵の顔ではなく背中を狙うが、もし頭蓋骨に当たった場合にはより深刻なことになる。敵は、シャベルが首の後ろや肩甲骨の間に当たり、骨が砕けるまでその刃の到来を見ることはまずない。
スペツナズの隊員はシャベルを愛している。隊員は、カラシニコフ自動小銃よりもシャベルの信頼性と精度を信じている。興味深い心理学的詳細は、スペツナズが白兵戦闘に直面した時に観察される。隊員が自動小銃武装した敵に発砲すると、敵もまた隊員を撃つ。しかし隊員が発砲する代わりにシャベルを投擲すると、敵は銃を取り落とし、一方に飛びのくのだ。
本書は、シャベルを投げる人々についての、食卓でスプーンを使うよりも確実に、正確にシャベルを使う兵士についての本である。もちろん、彼らはシャベル以外の武器も持っている。
Suvorov V. (1987). Spetsnaz : The Story Behind the Soviet SAS. London: Hamish Hamiltonより