「一撃」は元々は剣で斬り殺す意味か?

最近、異種格闘技イベント「巌流島」のWebサイトに掲載された空手の倉本成春氏のインタビュー記事に次のような説明があった。

一撃必倒という言葉がありますけども、元来、一撃というのは、剣の世界の話なんですね。殴るという行為の一撃というのは元々なくて、一撃というのは、空手の世界でも今は一撃とか使いますけど、元来は剣の世界の言葉で、スパーッと斬り殺すことを一撃というんです。


64歳の私が闘うなら5秒前後で決着をつける。いわゆるとてつもなく痛い思いをさせるということです。|第一回(後編)|ニュース|巌流島

これは、例えば「鼓腹撃壌」のような撃の古い用例とも意味合いが違うし、日本の武術だけの用例だろうか。気になったので調べてみた。


まず、「撃」本来の意味から
『漢字源 改訂第5版』(学研教育出版)によると、撃の上の部分は車輪と軸止めとがかちかちとうち当たることで、それに手が加わって堅いものをうち当てる動作を示しているとある。また、城や敵めがけてぶち当たる・攻めるという意味がある。
「撃剣」というのも剣を打ち合わせる意味である。


次に「一撃」の意味について調べてみた。
『学研漢和大辞典』(学習研究社)では「(1)鳥が軽くひと飛びする (2)激しく一回うつこと」とある。
諸橋轍次大漢和辞典でもこの意味はほとんど同じで、これらは中国の用例がある。


では、日本の、それも剣術の用例ではどうか。
宮本武蔵の業績を刻んだ小倉碑文(承応3年=1654年)の用例を見てみる。

扶桑第一の兵術、吉岡なる者有り。雌雄を決せんことを請ふ。彼の家の嗣、清十郎、洛外蓮台野に於いて竜虎の威を争ひ、勝敗を決すと雖も、木刃の一撃に触れて、吉岡、眼前に倒れ伏して息絶ゆ。予て、一撃の諾有るに依り、命根を補弼す。
(中略)
爰に兵術の達人、岩流と名のる有り。彼と雌雄を決せんことを求む。岩流云く、真剣を以て雌雄を決せんことを請ふ。武蔵対へて云く、汝は白刃を揮ひて其の妙を尽くせ。吾は木戟を提げて此の秘を顕はさんと。堅く漆約を結ぶ。長門豊前との際、海中に嶋有り。舟嶋と謂ふ。両雄、同時に相会す。岩流、三尺の白刃を手にして来たり、命を顧みずして術を尽くす。武蔵、木刃の一撃を以て之を殺す。


wikipedia:小倉碑文より。強調は引用者による。

これは木刀で一打ちすること、あるいは一回の攻撃の意味と考えていいだろう。
もっと検討する材料があれば良かったが、手頃な資料がなかった。


ちゃんとした調査ではないので決定的とは言えないが、もともと一撃にインタビューにあるような斬殺の意味はない。その他の用例から考えても、「スパーッと斬り殺す」意味が先にあったというのは疑わしい。