Twitterでこんなやりとりがあった。
最初に紹介されている話は
過去に古今東西の名刀の切れ味を数値化するという実験が行われた
— 創作のネタ提供(雑学多め) (@sousakubott) 2015年6月23日
その中で、一つだけ異様な数値を出した刀がある
まるで意思を持つかのように計測結果が変動したこの刀こそ
かの有名な妖刀……村正である
そして下のほうで引用されているレファレンス回答は次のようなものだ。
質問: 物理学者 本多光太郎が、妖刀「村正」の切れ味を数値化するという実験を行ったエピソードが書かれた資料はありますか?|
回答: 「本多光太郎伝」石川悌次郎‖著 日刊工業新聞 1965年 229〜230頁
研究生が古来銘刀といわれる刀を預かってきては切れ味試験機にかけてみた。大抵は一定の成績を示したが、村正だけはバラつきが多く補足が困難だった。研究生たちが本多に「村正だけ成績が一定しません」と言ったところ、「そこが即ちむら正だわなぁ」とシャレを言った…というような記述あり。
物理学者 本多光太郎が、妖刀「村正」の切れ味を数値化するという実験を行ったエピソードが書かれた資料は... | レファレンス協同データベース
しかしこの回答、肝心のところを引用していないのである。
このエピソードは、『本多光太郎伝』の本多博士が東北帝国大学金属材料研究所(金研)で考案した本多式切れ味試験機の話で登場する。
本多式切れ味試験機は、重ねた紙に刃物を乗せて機械的に切って切れ味を測定するものだ。
現在でも同じ原理の試験機が使われている→刃物の町、岐阜県関市の包丁専門メーカー 【株式会社マサヒロ】|包丁の話 切れ味について|
金研ではこの試験機で様々な刃物、日本刀の切れ味を測定したという。
研究生たちは面白がって古来の銘刀といわれる正宗、貞宗、祐定、村正などというのを、真贋のほどは判らないが、どこかからあずかって来ては盛んにこの切れ味試験機にかけて見た。正宗、祐定などはそれが本物である限りチャンと一定の成績を示したが、村正だけは、大部分が徳川幕府の頃に銘を磨りつぶしたと言い伝えられているので、無銘のものが多く、したがってその成績もバラツキが多くて捕捉が困難であった。研究生たちが
「先生、村正だけは妙ですね、成績が一定しませんが……」
といった。本多先生は
「そこが即ちむら正だわなア」
と珍しくしゃれを言った。本多先生でもしゃれが言える、ということで研究生一同は大そう喜んだ。
石川悌二郎『本多光太郎伝』(日刊工業新聞 1965年)より
要するに、これは一口の刀の計測結果が計測するたび変動するという話ではなく、複数の刀で一定していないということである。それも真贋が定かではないことが原因のように読める。
その話がまるで一口の刀の計測結果が不思議と変動したかのように広まってしまっている。
元の話も不明点や疑問点はあるが、広まっている話とはだいぶニュアンスが異なっていると言っていいだろう。