ちょいワルジジの話で思い出した澁澤龍彦の『金色堂異聞』

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美術館で一夜漬けの知識を披露して女性をナンパすることを推奨する「ちょいワルジジ」の記事がたいそう評判が悪い。
実際こんなことをやる人がいたら迷惑かつ醜悪だが、それはさておきこの記事で思い出したことがある。
澁澤龍彦の『金色堂異聞』(『唐草物語』(河出文庫)所収)に登場する老人の話だ。

唐草物語 (河出文庫―渋沢龍彦コレクション)

唐草物語 (河出文庫―渋沢龍彦コレクション)

肝心の部分はネタバレしないが、引用しつつ説明する。

昭和五十四年四月、私は思い立って奥州の平泉にあそんだ。

この一文から始まるこの話の「私」は澁澤龍彦その人のようである。
そこではタクシーの賃上げ問題で思うようにタクシーがつかまらず、旅の2日目の運転手は六十がらみで威厳がある管理職らしき人物だった。
「私」はその運転手とともに平泉の名所旧跡を巡ることになる。
達谷の窟(たっこくのいわや)の摩崖仏を見ているとその運転手が話しかけてきた。
ナンパではないが語る内容は蘊蓄であり、上の記事のちょいワルジジのようである。
しかし語る内容はだいぶ違う。

「この仏さんは、鎮守府将軍源頼義が矢じりで刻んだものとされていますがね。まったく当てにはなりませんな。あんな無教養な男に、そもそも仏像なんぞ彫れるわけがないのですよ。」

大胆不敵な意見を言うと驚いていると、次に行った毛越寺でさらに運転手が語りかけてくる。

「基衡のやつは、なにがなんでも中尊寺を凌駕しようと躍起になっていたようです。むろん、宇治の悪左府頼長に張り合う気持ちもあったのでしょうがね。いろいろな記録が残っていますが、京都方面に手をまわして、なにしろ滅茶苦茶に金を使ったらしいのです。それでも品格において、毛越寺はやはり中尊寺におよびませんでしたな。(後略)」

その後も「私」は老人の独断的な話を聞かされ、老人の意見に振り回され、腹を立てることになるが、へんに魅力を感じてあえて逆らう気にはなれない。
さて、この老人はどうしてこんな知識を語るのか――それは話の序盤であっさりと明かされる。
この辺は引用や説明ではどうも元の話の感覚が伝わらないので、あえて書かない。気になる人は『金色堂異聞』を読んでほしい。
かましくも問わず語りに知識を語るのが許されるのは、この老人くらいの背景がないと無理なのではないかと思う。