三年殺しと台湾の脾臓打ち

先日、朝松健氏の三年殺しに関する以下のツィートを見て思い出したことがあって調べたので、書き残しておく。


三年殺し、あるいは七年殺しというのは特別な攻撃技によって数年後に死ぬという拳法・空手の伝説的な技だ。
これについては色々な解説・解釈があるが、私が思い出したのはマラリアと関係している説だ。
台北医専法医学雑誌に掲載された論文「台湾における特殊犯罪の法医学的考察」には拳法による脾臓破裂の臨床所見があり、三年殺し・七年殺しはマラリア脾臓が肥大化した人が春の水争いで脾臓を打たれ秋に死ぬということだ、という説明があったらしい*1
らしいというのは、引用された内容でしか知らないからだ。いずれ本文を読んでみたいが、まだ入手のあてはない。

昨日これと別の論文で、マラリアで肥大化した脾臓を打つ拳法の技術に触れた法医学の論文を発見した。
久藤實(1931).臺灣ニ於ケル脾臟破裂八十五例ニ就テノ法醫學的硏究(未完). 台湾医学会雑誌. 30(9) p871-892
台湾医学会雑誌 30(9)
(続きは台湾医学会雑誌 30(10)
この論文によると、日本の例や先行研究では肝臓破裂と比べて脾臓破裂の症例は少ない。
これは脾臓が小さくしかも左季肋骨に隠れているためだが、マラリアにかかると脾臓が肥大し、外力を受けた際に破裂しやすくなるという。
このためマラリアが多い台湾では脾臓破裂の例が多い。
さらにこれを利用した技があることが論文に書かれている。

而して従来台湾本島人間には一種の争闘法あり、拳法と称して手拳を固めて対手の腹部を突撃するか又足を持って腹部或は股睾丸を蹴挙ぐるものにして、斯くして死に至ること屡々なるが為、既に住人は左側季肋部を所謂急所と知りて争闘に際して好んで左腹部乃至左季肋部を突蹴する習いあり。

ndl-dl-dss-frontより。引用の際片仮名・旧字は改めた)

このため台湾では脾臓破裂の例が多いのだという。
三年殺し・七年殺しといった話は出てこないが、台湾ではマラリアによって肥大した脾臓を打つ技が知られていたという話だ。
マラリアが多かった地域の素手で戦う伝統武術には今でも脾臓打ちの技術が伝わっている可能性があるが、マラリアの感染状況や治療技術の変化で現代では昔ほどは有効な技術ではなくなっているかもしれない。

関連して、大山倍達の空手百科かダイナミック空手で「中国南方の拳法で、貫手か発達したのは、風土病で肥大した内蔵を突く為」という説明があったと教わったので確認してみた。
すると大山倍達の『ダイナミック空手』(日貿出版社, 1967)に以下の記述があった。

また南拳では,貫手が多用されるが,これは南方の人たちのほとんどが肝臓の腫れあがる風土病にかかっているため,ここを指で一突きすれば致命傷になるからである。

ndl-dl-dss-frontより)

台湾の話と攻撃箇所や攻撃方法は違うが、よく似ている話である。

*1:平岡正明極真空手的健康論批判 : 管理された健康ブーム」ndl-dl-dss-front