空手の「裏当て」の起源

先日、Twitterで浸透勁、裏当て、体の内側を破壊する当身といった技術は、昔の古武術の史料にはないという話題が出て、その関連で空手の裏当ての情報を追うことになった。

1. 諸賞流の当身

裏当てについて調べると、まず出てくるのが古武道の諸賞流(諸賞流 - Wikipedia)の当身である。
盛岡藩で利済公(南部利済 - Wikipedia)の時代、各流派の甲冑試合が行われることになった。諸賞流54代佐藤延栄師範が病気だったため、19歳の松橋宗年(のち57代師範)が代理で出場することになった。宗年は、武具奉行から試合で着ける甲冑を選ぶように言われたがそこにあるような甲冑を相手にしては試合ができない理由として、柱に鎧をくくりつけて胸板水月のところに肘当てを入れた。鎧の表面には何の変わりもないが奉行が鎧を外してみると内側の蛇腹の部分がばらばらに破れていたという(この時の蛇腹の破れた鎧は大正時代初め頃まで残っていた)。
このことが藩主に伝えられて甲冑試合は中止となり、以降諸賞流の他流試合は禁じられたとされている。
この逸話は有名で、米内包方『旧盛岡藩古武道史』(昭和31年)、森川哲郎編『武道日本 中』(プレス東京, 1969年)、大山倍達『100万人の空手』(東都書房, 1969年)、松田隆智『秘伝日本柔術』(新人物往来社, 1978年)、『もりおか物語 10』(熊谷印刷出版部, 1979年)(国会図書館デジタルコレクション)などの本で紹介されている。
以下のリンク先記事では『武道日本 中』の該当部分が引用紹介されている。
南部藩お留流諸賞流 (1963年) | 拳の眼
この逸話の当身は裏当てと呼ばれていないが、「裏当て」という言葉は『もりおか物語 10』に「二十代に、石田辰之進定政という人がいました。 京都の浪人で、裏当ての名人でした。 どんな鎧でも二発で打ち貫いたというほどだった」とあるように、諸賞流の当身の技術の呼び方として出てくる。
また宗年師範は一升樽を細ひもで吊るして当身の稽古を行い、一年ほどでで樽を微動だにせずにコバ板を折るようになったという話も登場する。
こうした一連の逸話から、諸賞流の当身の名人は表面ではなく奥に衝撃を伝えたらしいこと、そして裏当てというのは諸賞流のその種の当身の技術のことを指す可能性が考えられる。

2. 空手の裏当て

諸賞流の話は一旦措いて、空手に裏当てという秘技があることがいつの頃からか語られるようになった。
特にある世代の人間には、漫画『新・コータローまかりとおる!柔道編』に登場したことを覚えているだろう。


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裏当ての説明が初めて登場したこの巻は少年マガジン1994年11月23日号No.49以降の分である。
そして、調べるとこの漫画より先行して「空手の裏当て」を扱った雑誌があった。
その雑誌とは『月刊空手道』1994年6月号で、特集が「"裏当て"の伝説」である。
この特集記事が『新・コータローまかりとおる!柔道編』の裏当ての元だろうと思って調べてみた。

東京都立多摩図書館でこの号を確認したところ、興味深いことが分かった。

特集では、空手の貫通力の高い打撃を裏当てと呼んでいるが、これは古くからそういう呼称・技名があるではなく「胸を突かれたのに、背中が痛い」「その日は何ともなかったのに、翌日腹が痛くなった」といった神秘的ともいえる貫通力のある打撃について「今特集ではそうした打撃を"裏当て"と総称し、その核心に迫ってみた」としている(特集で取り上げられているのは金澤弘和氏・柳川昌弘氏・座波仁吉氏・宇城憲治氏・中井道臣氏)。
この記述から考えるに、裏側や奥に衝撃が達する空手の打撃を裏当てと呼んだのはこの雑誌が濫觴ということになる。
なお、特集記事で取り上げられている一人・金澤弘和氏には三枚積んだ煉瓦を打って真ん中だけ割った逸話が雑誌記事より先行してあり(C.W.ニコル『私のニッポン武者修行』(角川書店,1987年)、月刊空手道ではそれを裏当ての一つとして取り上げている。

余談・二重の極み

本題から少し離れるが、記事にあるように金澤氏の打撃の特徴を「二重の極め」と呼んだのは松田隆智氏だという。
この記事が『るろうに剣心』の「二重の極み」の元ネタである可能性は高そうだ。
ただし、金澤氏の二重の極めは「当ててからさらに肩を瞬間的にはずす(入れる)ようにして2度極めするものです」ととあり、「瞬間的に瞬発力で肩だけをさらに入れ拳を突き入れる」もので、漫画の「二重の極み」の原理(↓)とは違った技術である。
しかし『るろうに剣心』の二重の極み登場回(少年ジャンプ1995年44号)よりこの雑誌記事が先行していること、漫画でこの技術について空手(唐手)への言及があること、そして何より名前の類似から考えて月刊空手道の記事が着想の元になったのだろう。


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まとめ

現在確認できた情報から、背中側に突き抜ける空手の打撃を裏当てと呼んだのは月刊空手道1994年6月号からで、諸賞流の当身の逸話と空手の貫通力のある拳の事例の類似から諸賞流の裏当てという呼び方を空手に当てはめて呼び、そうした経緯が忘れられてあたかも古くから空手に裏当てという名の秘技があったかのように広まってしまったと考えられる。