大田区立龍子記念館「時局と画家 川端龍子の1930~40年代」

映画を観た後に大田区立龍子記念館の「時局と画家 川端龍子の1930~40年代」へ。
ギャラリートークがあるので行ってきた。
この時代の川端龍子日本画の巨匠として従軍画家をやり、戦争画陸軍省の絵葉書のデザインを行うなど戦争協力をしていた。しかしずっと単純に戦意高揚に励んでいたわけではなく当初は源義経ジンギスカン説に基づく絵《源義経ジンギスカン》(義経=ジンギスカン説は満蒙進出に利用された)や元寇を退けた伝承がある《波切不動》といった戦争に邁進する勇ましい絵を描いていたが、1940年代には戦争画でも戦争への怒りや悲壮感といった面をもつ絵へと変わっていく。紀元二千六百年奉祝美術展にも参加していない。

源義経ジンギスカン)》

《炎庭想雪図》

《怒る富士》

龍子公園(川端龍子旧宅・アトリエ)の見学もしてきた。
広大な建物と庭園を説明つきで見ることができる。
庭園の入口近くは戦時中爆弾が落ちた跡が池になっている。
巨大な絵を描いていただけにアトリエが広い(高さ4m、広さ40畳)。

つくばいが三角丸四角で構成されている。

各部の名栗、石や竹の使い方など美的思想的に統一されている。


アトリエの天井も龍子が好む文様の形状に作られている。