日本と世界の日本刀概念のズレ

強盗が日本刀で反撃され死亡、左手ほぼ切断 米メリーランド州 写真1枚 国際ニュース:AFPBB Newsというニュースがあった。
このニュースに対する反応(はてなブックマーク - 強盗が日本刀で反撃され死亡、左手ほぼ切断 米メリーランド州 写真1枚 国際ニュース:AFPBB Newsを見ると、つくづく日本人にとって日本刀は特別なイメージがあるのだと感じる。しかしこうしたニュースで報じられる日本刀は、日本人がイメージする日本刀とは若干のズレがある。イギリスでは日本刀が犯罪に使われる事件が多発したため、2008年に大幅な規制がなされたが、その際の日本人の反応にも感じたことだ。
では、日本人の日本刀概念と世界の日本刀概念はどのように違うのか、説明していこう。


日本人が「日本刀」という言葉で想像するのは、古来からの伝統の製法で作られた日本製の刀剣だ。上のはてなブックマークのコメントも、無意識に日本伝統の刀を前提に書いている人が多い。
しかし、海外で(特に犯罪報道では)「日本刀」と言った場合は、より広い概念を指している。単純に言えば、世界の犯罪報道では刀工が伝統の製法で作ったものでなくとも日本刀の形状を真似た刃物は日本刀なのである(日本で作られていないものも多い)。
日本の法律では、日本刀は美術品として教育委員会に登録される。武器としての刀剣(軍刀も含む)は、公安委員会の許可がいる。美術品としての日本刀と武器としての刀剣という住み分けがあり、日本人は概して前者の美術品として認定されるような工芸品にカテゴライズされる物しか日本刀として認識しないのだ*1
だが、海外の報道では、日本刀のような形状をしたものは全て「日本刀=samurai sword, katana, nihonto」とされる。日本人の概念と同じ意味合いで使われるのは美術品や細かい法規制などの場合だ。Webで話題になるような海外の犯罪報道の日本刀は、実際は日本人からすれば日本刀ではない製法で作られた量産品なのである。こうした量産品は、日本では規制のために全く所持できない。日本にあるのは、殺傷能力がない模造刀だけである。


 日本には存在しない量産品の「日本刀」にはいくつか有名なブランドがある。日本のナイフマニアには知られているCold Steel社のシリーズもその一つだ。同社のカタナは、炭素鋼(工具鋼)を削って熱処理しただけのもので、日本人の感覚からすれば外見だけ日本刀に似た別物だ。
 Katana Sword (Warrior Series) by Cold Steel 公式サイト
デモンストレーション動画があるので、興味がある人は見てほしい。
 
アメリカで居合をやっている知人の話では刃持ちが悪く、柄の感触も良くないので居合の試し切りには向かないとのことだった(これがどこまで信頼できるかは分からないが)。それでもこの動画くらい切ることはできる。こうした量産品にもピンからキリまであって、様々な価格帯のものが売られている。もちろん伝統的な日本刀とは素材や熱処理が違うし、形状も少し異なることがある(だいぶ異なっているものもある)。海外の犯罪で使われるのはこうした量産品がほとんどである。


ややこしいことに、日本刀の作刀技術を元に、海外で作刀しているメーカーも存在する。
有名なのは台湾出身のPaul Chenが作ったブランドHanweiだ。
 Wholesale Swords, Knives, and more - Paul Chen Hanwei - GDFB 公式サイト
  デモ動画
切れ味に優れたメーカーではAngel Swordがよく知られている。
 http://www.angelsword.com/index.php 公式サイト
 http://www.angelsword.com/videos/videos.php デモ動画
海外で居合を学ぶ人はこうしたメーカーの刀を使う。海外の日本刀の刀工は、多くの場合日本や海外の刀工・資料から作刀を学び、海外の鋼材や機材(ガス炉等)を用いることも多い。伝統的なスタイルを再現する刀工もいるし、アレンジしたものや逆刃刀まで作る刀工もいる*2
また、西洋の刀剣も合わせて作る人が多いのも特徴である。このため、西洋の剣で巻き藁を切るなどの試みも見られる。西洋の剣は切れないというのが日本の定説だが、昨今の西洋剣は日本刀の影響もあってか切れ味も優れ、容易に巻き藁を切れるものもある。こうした海外で作刀された日本刀は、日本の規制の関係上日本への輸入や所持は難しい。


更に変則的な日本刀スタイルの刀剣を作るメーカーもいる。Phil Hartsfieldが代表だ。工具鋼を削り、鍛造ではない日本刀に近い独自の刀剣を作っている。
片面だけ角度をつけた刀身となっている。
 http://www.phillhartsfield.com/
こうした変則的なスタイルの刀剣を試し切りに使う人もいて、更に鍛造でこうしたスタイルを作る人もいる。


これほど多様な「日本刀スタイルの刀剣」がある現在、海外発のニュースで「日本刀」という言葉が出てきたとしても日本人がイメージする日本刀とはズレがある場合も多い。イメージのズレによる物の違いに気付かないまま海外の報道を元に日本刀の機能や特性を語るのは、場合によってはおかしなことになる。それは、カリフォルニアロールの栄養評価を元に寿司の栄養を語るようなものになりかねないのだ。


おまけ。

テレビショッピングで刀を紹介。しかし折れて大変なことに!

*1:美術品でありながら武器として作られたものなので、刀剣の知識によっては古い日本刀が現代でも武器として使用されることに違和感を感じない人もいる。これもまた誤解の一つ。『美味しんぼ』のように正宗を抜刀してアイスを切るような真似は現実には刀身が傷つくので許容されにくい。

*2:Rick Barrettがその例。Rick Barrett - Reverse Katanaに画像がある