今日は、「現代のナイフ格闘はどんなものか」という話を書く。
先日のエントリが結構注目を集めたが、近代化が進んだ現代の戦争でのナイフ格闘をイメージしにくい人もいるようだ。
訓練や戦術の話をしようかとも思ったが、ややこしいのでパス。
もっと分かりやすく、現在の戦争でナイフで戦う必要があるシチュエーションについて解説してみる。
襲うか襲われるか
ナイフを使うシチュエーションは、ほとんど距離・時間・音の都合で生まれる。
要するに「銃を使うより至近距離」「銃を抜いて構える時間がない」「音を出したくない」といったシチュエーションだ。特に距離は重要で、そもそも遠ければ使いたくともナイフは使えない。
ナイフの特性を簡単にまとめると次の3点となる。
(1)距離:銃より近くを攻撃する。遠くを攻撃できない。
(2)時間:銃より早く準備・攻撃できる。素手よりは遅いが殺傷力は素手より上。
(3)音:銃より静かでほとんど音を立てない。
では、こうした特性に合った状況は具体的にどういう戦闘か。
至近距離の戦闘は「都市部(特に屋内)や密林など視界の悪い戦場」で発生する。そして「隠密行動で他の敵に動きを察知されたくない場合」「あるいは逆に至近距離や隠れていた敵に突如襲撃された場合」にナイフを使う。
要するに突然間近な距離から襲う時・襲われる時にナイフを使うのである。至近距離でも銃を使ったほうが良いと考える人はいるかもしれないが、銃は至近距離でもはずす可能性があり、銃弾が当たったとしても即座に活動を停止してくれるわけではない(参考:警察官と刃物の脅威 - 火薬と鋼)。また、銃は構えて狙うというタイムロスがある。突如近い距離から襲われた場合には刃物などの原始的な手段で対応するほうが望ましいのだ。
このため軍隊でのナイフ格闘技術は迅速さ、即応性が求められ、また後ろから襲うなど隠密行動からの襲撃方法を身に付け、あるいは逆に突如攻撃された時の対処方法を身に付けるのである。こういう状況に頻繁に遭遇するのは、室内への突入、あるいはゲリラ戦など非正規戦闘における場合であり、任務、所属、戦域によっては全く発生しない。
なお、特殊な用法として捕らえた敵に対する脅しや拷問に使う、というのもある…。
選択肢を選ぶ
シチュエーション毎の選択を適切に行うにはやはり訓練がいる。
例えば市街地で突如襲われたとき、ナイフで対処するよりも蹴りなどで距離を取り、他の兵士にフォローしてもらったり銃を構える時間を作ったりすることもできるわけだ。あるいは、こちらが敵を後ろから襲う場合をイメージしてみよう。ナイフではなくギャレット(ワイヤー等で作る絞殺具)で首を絞めるという選択肢もある。静粛性の程度や交戦距離、装備次第では、サプレッサー(サイレンサー)つきの銃のほうが良いこともある。
また、集団で戦え〜第二次大戦の銃剣集団戦術から〜 - 火薬と鋼のように複数での運用も当然のことであり、戦術と状況に合わせた武器の運用の一環として、ナイフという選択肢があると考えていい。
ナイフ格闘の達人
以上のような状況から、軍におけるナイフ格闘技術は、一対一で正面から戦う正々堂々の勝負とは違うものになりがちだ。しかし訓練段階では一対一の正面からの対峙も組み込まれているし、兵士からインストラクターになるような人は実戦経験だけでなくその格闘技術そのものへの興味関心というものもあって、高度で複雑な、対一の勝負に用いる技術にも精通していることが多い(軍隊格闘技に優れた人が趣味でも格闘技に励んでトーナメントに出たり指導者になったりするようなものである)。
また、上述の選択肢の問題もあって「ナイフだけの達人」は存在しないと思っていい。近接戦闘は銃、ナイフ、素手等の組み合わせで成り立っている。ナイフ格闘は素手の格闘と技術的につながりが強く、ナイフの達人というのは軍隊格闘技にも通じているし、銃器の扱いも高いレベルにあると思っていい。だからアメリカなどでは民間向け・兵士向けのスクールで銃器の扱いとナイフ格闘、徒手格闘を同じところで教えている例は珍しくない。
なお、軍歴のない民間のインストラクターが兵士に教育する場合もある。そうした場合のインストラクターは、特定の武術・格闘技の指導者であり、自分が習得しているナイフ格闘・徒手格闘を兵士向けにアレンジして教える。
どんなナイフを使うのか
歴史のある武術のナイフ格闘と、兵士が習得するナイフ格闘では使うナイフが違う。
伝統武術のナイフは歴史的・文化的な伝統を受け継いだ形状だが、兵士のナイフは量産された近代的なもので、より量産に向いたデザインになっていることが多い。また、兵士のナイフの多くは戦闘専用ではなく多目的に使うことが多く、戦闘専用のナイフよりも比較的耐久性重視の形状であることが多い(切っ先が鈍角である、厚みがある等)。ただし、アメリカなど自由度の高い国ではほとんど兵士は自由にナイフを購入するので、例外が多い。国によって多様なナイフを使う軍とそうではない軍がある。統制の強い国では、軍で支給されるナイフ以外を使う可能性は相対的に少ない。
文化的歴史的事情により、特定の軍や部隊で特定の形状のナイフしか使わないという例もある。例えばチリ陸軍ではコルボという先端が曲がった輪郭のナイフ(参考)が使われており、ネパールのグルカ兵は有名なククリ(グルカナイフ)(参考)を使う。この他各国でその国独自のナイフを採用しており、ナイフだけでどの国の軍の装備か判断できることも多い。なお、ククリは人気があるので他国でも個人レベルで使われることがあるが、ククリを使うナイフ格闘技術を教えているところは、既存のナイフ格闘の流派にはまずない。道具として使うならともかく武器として使うにはナイフ格闘技術の応用が求められる。
他の兵士と違う特異なナイフを一人だけ使う兵士は、ナイフを武器より道具として使うことを主目的としていることもある。組織だったナイフ格闘の訓練を受けているのにひとりだけ用法の異なるナイフを使うというのは、無理があるからである(もちろん個人レベルで学んだり応用したりという事は大いにありえる)。この辺の事情は様々だ。
例外はさておき、オーソドックスなコンバットナイフは、やはりケーバーのようなスタイル、サイズが多い。たいていの軍用シースナイフは刃渡り12〜20cmである。より大型のナイフは鉈としての用法が想定されていることが多い。また、コンパクトなナイフやフォールディングナイフ(折り畳みナイフ)は、装備の軽減目的や大型ナイフの控えとして使われている。
鋸刃がついたサバイバルナイフは多目的ナイフであり、軍採用のものもあるが必ずしも戦闘には適していない。攻防の中で衣類や装備に引っかかって動きがとれなくなることがあるからだ。しかしこうした問題は鋸刃の形状にもよる。
兵士によっては、ナイフそのものの大きさで攻撃の間合いが変わることにも留意する。例えば刃渡り30cm以上の長いナイフを持っていれば、通常のナイフより遠い間合いの敵に銃以外で対処する選択肢が増える。ナイフの種類も一つの攻撃手段の選択肢となるわけだ。こういう例は一部の組織で実在する。例えばフィリピン海兵隊は長く細い鉈を使う格闘技術を習得し、米軍の特殊部隊の一部では手斧を使う格闘技術を学んでいる。いずれも長い武器、大きな武器で攻撃手段の選択肢を増やしているのだ。
現実は厳しい
多様な大型ナイフや他の白兵武器が存在していることも、状況に見合った武器選択の難しさの一つである。豊富な選択肢は多様な状況への対応を産み出すが、同時に咄嗟の判断の難しさにもつながる。何しろ銃で殴るという選択肢さえあるわけだ(銃剣は廃れてきているが、銃に打撃用のパーツをつける例もある)。
近接戦闘に限定して考えても、状況に適した武器・技術の選択というのは、なかなか難しい話なのである。そんな中で標準的な軍用ナイフを使うナイフ格闘は、これまでの多くの経験と技術が積み重なっており、今後も生き延びる装備だと思われる。