トマトとジャガイモがイタリアで食べられるようになったのはいつ?

ビッグコミックスピリッツ連載の漫画『バンビーノ!』の先週の話にトマトがない時代のイタリア料理という内容があり、それに関連してその時代の料理としてジャガイモの使用が妥当かどうかが話題になっている。



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自分がこのトピックで思い出すのは『マリー・アントワネットの料理人』(原作・白川晶、作画・里見桂集英社)で、主人公の料理人が当時ヨーロッパでは食べられていなかったトマトを使ってスパゲティを作る話だ。

しかしこの漫画の舞台はフランス革命前、18世紀後半のヨーロッパであり、この時代にはイタリアはもちろん、フランスにもある程度トマト料理のレシピが存在した時代である。ディドロも食用植物として普及していることを記述している。諸記録から、18世紀後半には南フランスで既にトマトが栽培され、一部料理にも使われていた。もちろんまだ普及途上であり、地域差もあるので18世紀当時の作中人物が知らないとしても必ずしも不思議ではないが。それにこの漫画の場合、食材の利用や料理の起源についてはわざと創作することで話の核としているので、歴史と違うのは意図的なもので問題点というわけではない。


こうしたフィクションで食文化を考証する際に困るのは、ヨーロッパ内でも地域や社会階層によって新しい食品の普及に差があることだ。関連書から、今回話題になったイタリアにおけるトマトとジャガイモの普及について参考になりそうな情報を探ってみよう。


トマトの普及については橘みのり『トマトが野菜になった日』(草思社)が詳しい。同書によるとトマトは当初毒草と考えられていたが、1520〜90年代にイタリアの飢餓に苦しむ民衆が手を出した記録がある。それから食用になることが知られるようになった。この年代には既に簡単なトマト料理の記録が複数見られ、1692年にはイタリアのラティーニの世界最古のトマト料理のレシピが存在している*1


一方ジャガイモはどうか。ジャガイモは16世紀にスペイン人が南米から持ち帰ったことはよく知られている。こちらも当初は食用としては普及せず、食用として広がるのは18世紀以降という国がほとんどである。フランスやプロシアアイルランドといった国の例がよく紹介される。イタリアの例についてはPropitious Esculent: The Potato in World Historyという本に記述がある。同書によれば1601年、北イタリアで動物の飼料用・人間の食用として一般的に広まっていたという記録がある。イタリアの初期の食用の記録としてはこれが代表で、Italy and the Potato: A History, 1550-2000には17世紀の普及と1800年代に特に食用としての利用が広まった経緯が記されている。19世紀の広まりの背景には、1815年のインドネシアのタンボラ山噴火の影響による飢饉があるという。それまでも北部を中心に食用に使われてきたが、火山の噴煙による気候変動の影響を受け、ジャガイモの栽培と食用がより広まったというわけだ。


以上の情報から判断するに、イタリアではトマトのほうが食用として広まった時期が早く、ジャガイモのほうが遅い。
地域差もあるからあまり厳密に考えなくとも良いかもしれないが、トマトを使わない時代の料理を考えてジャガイモを使うというのは、やはり無理があるように思える。


参考文献:
上で紹介した図書以外で、こうした比較的歴史が浅いにも関わらず世界に広がって影響を及ぼした食用植物ついて詳しい本に『世界を変えた野菜読本 : トマト ジャガイモ トウモロコシ トウガラシ』がある。もう一冊はブックマークコメントに書いた本。現物を確認していないが、出版社の内容紹介(→Pomodoro! | Columbia University Press)が非常に詳しく、古い時代のトマトのレシピや記録についての紹介がある。(2012-6-26 18:40 誤字脱字と改行を修正)
(2012-6-26 20:50 参考文献を追加)

*1: Antonio Latini (1642–1692)による。スペイン風トマトソースやトマトを使ったナス料理、トマトを使った煮込み料理のレシピが残っている。この"スペイン風"という部分から分かるように、このレシピ以前からスペインにはトマトソースが存在していたと考えられている。