図書館委託のネック「引継ぎ」

図書館業務を民間会社が受託する場合、引継ぎでトラブルが生じることがある。また、他社からの引継ぎでもトラブルが起きることがある。
私はどういうわけか引継ぎでトラブルを抱えた図書館委託の仕事の尻拭い役として投入された経験が多く、複数の企業での大学図書館公共図書館委託の実態を知っている。
一体どのような原因によってどのような問題が起きるのか、一般化は難しいが事例を書いてみよう。ただし、色々と情報を伏せているので、分かりにくいかもしれない。

委託契約時の問題

契約時に問題となるのは、図書館の業務内容そのものに理解のない人間ばかり関わる事である。
図書館業務の外部委託の仕様書がどのように決まるのか、皆さんは経験したことがあるだろうか。私は何度か立ち会ったが、受託業者が持ち込んだテンプレをそのまま仕様書にしてしまうパターンがある。個々の事情とか一切無視。既存の図書館職員とのやり取りも何もないのだ(もちろんちゃんと個々の事情に合わせて作成される例も多い)。
もっと簡単なパターンでは仕様書さえ作成されず、大雑把に業務内容と勤務時間だけを確認して委託を始めてしまう。こういった案件の引継ぎが始まった際に現場で混乱が起きたのは言うまでもない。ちなみにどれもこの業界ではかなり知られた企業での話である。


こうした契約が生まれるのは、背景となる事情がある。大抵は、委託元の機関か受託企業の契約担当が図書館業務を知らない(知る必要がないと思っている)ことが原因だ。
図書館委託の契約の際の担当が図書館業務を知っている人間とは限らない。図書館委託を古くから経験している企業であっても契約担当に業務への理解があるとは限らず、むしろ組織間のコネ重視で契約を進めてしまう例がある。もちろん、全く未経験の業者の参入でも問題は起きる。図書館委託の低価格化・労働力のダンピング化が進んだ時期には、「図書館業務を落札した企業の業務遂行能力が全くなく、すぐに他の業者に委託し直すことになった」案件が何件もあった。

図書館職員の問題

いざ引継ぎという段になって、図書館職員との協力関係がどのように構築されるかは案件によって異なる。もちろんこれは図書館職員だけの問題ではなく、スケジュールや委託請負の人員の問題とも関連する。
しかし、特に図書館職員が人間関係・業務トラブルの根幹となっている例がある。いくつかのパターンがあるが、単純に委託請負というものを理解せず、とにかく委託請負のスタッフに指示をしたがり、更にパワハラにまで及ぶ職員というのがいるのだ。こういった図書館では受託企業側の対応能力の低さと相まってどんどん状況が悪化する。
多くの場合、図書館を委託する機関と受託する企業の力関係は対等ではなく、企業の側のほうが弱い。コンプライアンスなどどこ吹く風か、往々にしてこうした職員との関係は引継ぎ時に留まらず、その後も改善されない。


全面委託であっても、そもそも図書館職員の能力や誠実さに問題があって引継ぎに支障をきたす事もある。例えばある自治体の図書館では利用者からの購入リクエストの山が職員によって一年近く放置され、しかもそれが全面委託開始後一ヶ月以上経ってから明らかになった。委託で働くスタッフがその後どれだけ苦労したか、想像できるだろうか。

受託企業の能力

委託請負に関わる企業も、その対応能力に難を抱えている(負担は働いている契約社員やアルバイトが負っている)。契約の問題だけではなく、特に人員の確保や管理といった側面にそれは現れる。
図書館総合展で得意げに委託の成功例を展示している有名企業が、一方ではある図書館で満足に人を集められず、雑誌の受入業務が2ヶ月分以上遅れるほどになってしまっているといった事さえある。委託の成否には優れた人材を集められるかどうかが鍵で、これが常に満足に出来ているということはない。頭数さえいればいいと実務経験・能力がない委託スタッフがリーダー、チーフとして投入される図書館も目にしてきた。
こうした問題から、ある企業が行っていた図書館委託業務が別の企業に引き継がれる際にも支障を来たすことがある。他社の尻拭いをやらされる後の企業には通常の委託以上の負担がかかる。私が経験した例では、ある会社が契約していた目録業務の委託で数千冊の本の受入ができておらず、翌年度に受託した別の会社で新規受入分以外に前年度分をやる羽目になったことがある。前述した「業務遂行能力がない企業が受託した業務を丸投げ」というパターンだとこれ以上の惨状だ。


惨憺たる例ばかり書いてきたが、これでも全てを書いたわけではない。もちろん成功している幸福な例も知っているが、そんな話は雑誌や図書館総合展で紹介されるものとあまり差がない。うまくいかなかった例のほうが強烈で、今後検証していったほうがいいと思うのだが、個人に守秘義務もあるし企業も表沙汰にしたくないせいか、ほとんど知られていない。
日本図書館協会等の団体が危惧するのとは別のレイヤーで委託の実務上の問題は起きているが、表に出ている情報が少ないために議論は進んでいない。例え業界団体や研究者の認識が変わっても、企業の側が情報を出したがらないだろう。