図書館司書のための格闘技・武術分類講座

図書館司書として、格闘技や武術・武道に関わる資料の選書、分類やレファレンスで知っておくと便利な知識を書いておこうと思う。
先日公開した書きかけ記事は利用者向けの話だったが、これは図書館で働く人間のためのものだ。長々と書いたが、実際にはここまで全てに注意することはないだろうし、注意しなくとも問題のないことが多い。
日本十進分類(NDC)9版の分類別にポイントを書いていくこととするが、話は分類のためのものに留まらず、他の領域の業務にも少し関わる事柄を解説する。

788 相撲. 拳闘. 競馬

格闘技のための分類には日本十進分類では主に788と789の2つがある(例外もある)。
このうち、788は"Combat sports"、789は"Military arts"とあり、788は戦いを行う競技、789は戦争・戦闘のための技術である。素手で行う格闘技で競技・イベントとして成立したものが788以下に入っている(競馬は今回触れない)。
この788と789の意義から考えるとUFC修斗、かつてのPRIDEといった総合格闘技(Mixed Martial Arts)は788に分類して良さそうだが(実際に国会図書館ではNDLSHの総合格闘技の該当分類を788としている)、789に「*格闘技は、ここに収める」とあるため789に分類する図書館が多い。
あと、自分は全く扱った経験がないがカバディも788に入る。この事から、トルコレスリングやモンゴル相撲といった民族、地域の徒手格闘技も788に入れるのが妥当だろう。最もそういった図書を扱う機会は稀である。

788.1 相撲

相撲はおなじみ日本の国技で、この分野の扱いに困ることはまずないと思う。

788.2 レスリン

レスリングとは、アマチュアレスリング(アマレス)とも呼ばれ、グレコローマンスタイル(腰から下を攻防に使えない)とフリースタイル(全身を使う)がある。しかしレスリングの解説書・入門書では両方を一緒に扱っていることが普通なので意識する必要はない。
問題はレスリングと分類上同じ扱いにするプロレスである。プロレスは基本的に一種のショーであるが、総合格闘技に出る選手がいるなど格闘技の世界との関わりも深い。プロレスを扱った本は、ショーとしての側面を扱うものと総合格闘技としての側面を扱うものが混在している。この点は、総合格闘技に関する本が789に分類される事とあいまって多少の分かりにくさがある。総合格闘技に出場しているプロレスラーが技の本を出した場合、それはプロレスの本か総合格闘技の本か? そういった例があるのだ。

788.3 ボクシング

この分類にはボクシングのほか、キックボクシングが入る。また、ムエタイ(タイ式キックボクシング)も入る。
ボクシングの技術は他の格闘技でも使えるため、ボクシングの技術に基づいているにも関わらず、ボクシング専門ではなく格闘技全般向けを謳っているものもある。そういう本でも実際はボクシング向けが中心であり、分類もボクシングになる。下の本はその典型例である。

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789 武術

788で分類されるもの以外の格闘技は全て789以下に分類する。新しい格闘技や各国の伝統武術、刀剣などの武器術もここに入る(新しい格闘技は788としている図書館もある)。

789.2 柔道. サンボ

古流柔術もここに入る。柔術は、流派名だけがあって名前に「柔術」とつかない場合がある点に注意。流派名だけだと剣術か柔術か、何をするかわかりにくく(複数の技術(剣術・武器術・柔術)を同時に伝える流派もある)、確認を要することがある。
サンボはソ連(ロシア)の格闘技で、柔道に民族格闘技が組み合わされて独自に発展したもので、柔道とは親戚関係にある。
ここで厄介なのはブラジリアン柔術である。ブラジリアン柔術は日本人前田光世が柔道を元に伝えた技術が発展したもので、最初に伝えられたエリオ・グレーシーとその一族からグレーシー柔術の名前も知られている。サンボと同じように柔道の親戚といっていい。だから789.2に分類しても良さそうなものだが、多くの図書館では789に分類している(789.2としている図書館もある)。どちらに統一するかはその図書館で考えておいたほうがいいだろう。
現在では単に「柔術」と言った場合、「古流柔術」を意味することもあれば「ブラジリアン柔術」を意味することもある。どちらを意味するか資料のタイトルなどでは容易に判断できないものがある。著者の経歴や内容をよく確認しておいたほうがいい。

789.23 空手道. 拳法

この分類に該当するものは多く、「太極拳以外の東アジアの打撃系武術」の全てがここに入る。
いくつか注意点を挙げよう。
・空手の注意点
空手には多くの流派があり、大きく分けて寸止めや型を中心に行う「伝統派空手」と寸止めではなく実際に当てる「フルコンタクト空手」の2つがある。現在では多様な流派があるのでこの二分だけではあまり意味がなく、流派によって練習内容が激変するので、どのような流派の資料が利用されるかをよく把握することが重要である。また、「唐手」「手」などの古い呼称が資料名に使われることもあるので、検索の際には注意が必要である。
沖縄に古くから伝わっている武器術(トンファー、ヌンチャクなど)は「琉球古武術」と呼ばれており、空手と関連が深いが、789に分類されることが多い。使い手や技術体系が空手と重なる背景を考えると琉球古武術を789.23に分類してもいいだろう。棒術に分類する館もある。
・拳法の注意点
少林寺拳法(日本で創始された拳法)と少林拳(中国の拳法のひとつ)はよく混同されるので注意が必要である。件名でも間違っていることがある。拳法というととかく中国のものと考えられがちだが、日本には日本拳法のように一般への知名度が低い拳法がある。
中国拳法については、知名度と練習されているものが必ずしも一致しないので、これも図書館のある自治体や学校でどのような門派が教えられているかを知っておいたほうがよい。
拳法と並んで存在する武器術の扱いも留意しておいたほうがいいポイントの一つである。例えば中国の剣術は、拳法の技術体系の一環という点を重視すると789.23としてもいい。一方、使用する武器で分類を分けると考えると789.3となる。この辺の事情は上述の空手と琉球古武術と同じであり、武器術と素手の技術が同時に学ばれている日本・中国の武術に幅広く共通する。
・韓国のテコンドー
韓国の格闘技であるテコンドーもここに入れるのが普通である。
・その他
堀辺正史が日本古来の武術と称して広めた骨法も打撃中心のためここに入ることが多い。

789.25 合気道

合気道にもいくつもの会派、道場があり、これも注意する必要がある。最もメジャーな団体として合気会があるが、養神館合気道も知られている。他にも合気道の会派・団体が複数ある。
合気道の中には合気杖・合気剣というものがあり、これらの資料を合気道に入れるか剣道や棒術にそれぞれ入れるかという問題もあるが、例が極めて少ないのであまり気にしなくとも良いだろう。
また、合気道の元となった大東流合気柔術も789.25に分類することが一般的である。なお、この大東流も複数の派があって伝える内容に差がある。

789.27 太極拳[気功]

この分類は、日本十進分類の8版では存在しなかった。わざわざ[気功]とあることから分かるように、健康法としての太極拳が急激に広まったことを反映してこの分類が作られたのである。健康体操として制定されたものでは簡化太極拳(二十四式太極拳)が有名。武術としての伝統的な太極拳も存在し、陳式、呉式など多くの門派がある。また、太極剣や太極扇のように武器術だけ独立して教えられていることがあり、図書でもそうした武器術だけ扱ったものが出版されている。武器術を拳法と分けた分類にするかどうかという問題がある点は他の中国拳法と同じである。

789.3 剣道

この分類には現代の剣道のほか、居合道や明治時代以前の古い剣術も分類する。また、手裏剣術もこの分類に入れる。『古事類苑』でもそうなっている。
西洋の剣術もここに分類するほか、上述した中国の刀剣術を拳法と切り離して分類することがある。
この他、特に789.3と関連の深いものとして、歴史的な剣術家、剣豪の資料がここに入っていることもあれば、「伝記(289.1)」や「日本の兵法(399.1)」に入っている場合もある(歴史的記述が中心になっているものは2門に分類されていることも)。中国で兵法といえば兵の動かし方などの軍学だが、日本ではそれ以外に剣術を中心とした武術のことも意味している。

789.37 銃剣道

短剣道がここに入る点に注意。もともと短剣道の元となった短剣術は銃からはずした銃剣で戦うことを想定しており、銃剣道と深い関わりがある。このため短剣道銃剣道と同じく全日本銃剣道連盟が母体組織となっている。  

789.39 フェンシング
789.4 槍術

図書としてフェンシングと槍術の本は極端に少なく、迷うようなポイントもない。

789.43 棒術

棒術については、ほとんどの場合「棒術」という名前が本のタイトルや内容に登場しない点に注意。棒術という名前のついた流派も複数現存するが、出版された図書としては極めて少ない。日本で本が出版されるほどメジャーな棒状武器は「杖(じょう)」であり、「杖道」「杖術」の名前がある。杖術杖道の古い書誌データでは件名が棒術ではなく剣道になっている点も注意。
中国では「棍」であり、本のタイトルでも「棍術」とあることが多い。
棍術も多くは拳法の技術体系の一部であり、分類を分けるかどうか注意する必要がある。

789.45 薙刀術
789.5 弓道. 弓矢. 楊弓

この二つで留意することはない。強いて言えばアーチェリー(洋弓)がここに入ることくらいだろう。
789.5に下の本を入れている図書館が多いが、あの本の内容はほとんど伝説・神話の紹介で現実の弓の話は少ないので、ここに分類すべきではないと思う。

アーチャー 名射手の伝説と弓矢の歴史  (Truth in Fantasy 80)

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789.8 忍術

忍術は、歴史上の記録としての技術と後世(江戸時代や昭和以降)に考案されたものが混在して伝わっている。何も意識しないと創作された忍術の資料ばかり揃う。
また、歴史的な真偽はさておき、武術(柔術や武器術)としての忍術を伝えているとする個人・団体が存在しており、そういった武術流派の解説・教本としての資料も存在する。

789.9 護身術

格闘技を護身に使えると宣伝していることは多いが、護身術と格闘技は必ずしもイコールで結ばれるものではない。格闘技は技術の向上や試合での勝利を目的としている側面が強い。護身術は格闘技を参照しつつも犯罪への即応性を重視し、状況への対応や習得しやすさ、体格・体力を克服する技を中心としている。「護身術」「護身」という言葉をタイトルや内容紹介に含んでいる本は大抵ここに入るが、護身専門ではない格闘技の本でそういった語句を含むものもあるので検討の余地がある。

その他の注意事項

雑誌の注意事項

競技化した格闘技では、利用者は本よりも雑誌を利用することが多い。
例えばレスリングやフェンシングは特に本が少なく、雑誌が情報源として機能している。
伝統武術、マイナーな格闘技については、たまに扱う雑誌はあるが、そういった雑誌の記事を簡単に検索できるデータベースがなく、探しにくい。またそういった記事の情報は往々にして断片的で、体系的な情報・初心者に適した情報ではない場合がある。

軍隊格闘術

軍で教えられている格闘術についての資料は、その内容と図書館の判断によって分類が変わる。
・「武術 789」に分類
・「国防史・事情. 軍事史・事情 392」以下に分類
軍のマニュアルの紹介や軍事上の位置づけを重視したものであれば3門の軍事に入り、イスラエルのクラブ・マガやロシアのシステマのように民間で教えている内容の資料は武術に入るといったあたりが一応の基準となるだろう。なお、民間で教えている軍隊格闘術を護身術に分類する例があるが、これは内容が色々ありえるので検討の余地がある。

古武術」というややこしいもの

武術研究家が「古武術」と銘打った本を出している場合、それは柔術、剣術(杖術合気道を含むこともある)の身体操作技法のことである。そういった本は大抵789に分類して問題ないが、介護技術やスポーツトレーニングに特化したものなど、武術そのものから離れた別の主題を中心としたものがあり、分類や件名の付与には注意が必要なこともある。

和古書、郷土資料

地域の資料として、あるいはコレクションのひとつとして武術に関する古い資料を所蔵する図書館がある。こういった資料はあまり情報が整理されていないこともある。特に人名と流派名に注意。日本の武術は、途中で流派の名称が変わったり、漢字違いの名前があったりするなど混乱しやすい(人名についても同様)。特定の人物や流派について調べる必要が生じた場合は、複数のレファレンスブックや情報源で複数の呼称を確認すること。これは、近現代の出版物にも該当するポイントだが、古い資料では特に注意が必要となる。
郷土資料では、メジャーな流派のローカルな名称や変遷に注意。例えば大東流はかつて会津でヤマト流として教えられていたため、会津を重視した資料ではその名前がタイトルに出ているといったことがある。有名な流派でも地方固有の名前・流派に変わっている例は多い。