『キラー・フード』の情報を追って

今回は、ある本の記述の気になった点を追った経緯を書いてみる。
酵素栄養学」という、一種の民間療法がある。食品に含まれている酵素が健康に影響するという考え方に基づいている。酵素や栄養学といった一見科学っぽい用語を使っているが、実は科学的な検証を経たものではなく、信頼しがたい内容のものだ。(→wikipedia:酵素栄養学
この酵素栄養学の草分け的存在であるエドワード・ハウエルの著作の日本語訳『キラー・フード : あなたの寿命は「酵素」で決まる』(現代書林, 1999)で、おかしな部分があるというエントリをどらねこさんが書かれた。


みずまし - とらねこ日誌


「本書は20年かけて書き上げた約700ページにのぼる『酵素栄養学』の要約である。」とカバー著者略歴にあるのに、原著であるEnzyme nutritionは175ページしかないというのである。
これを読んで、本の記述に何か根拠があるのか調べてみようと思った。

日本語情報

まず、日本語版の情報を確認する。
本来なら出版社のサイトの情報を確認すべきだが、まず「キラー・フード ハウエル 700ページ」でGoogle検索。
すると同じ内容の説明がいくつかみつかった。
玄米食がよい理由|株式会社玄米酵素【公式】
レファレンス協同データベースで香川県立図書館の事例でも引用されている。
エドワード・ハウエル博士著「酵素栄養学」の日本語の本が欲しい | レファレンス協同データベース
当該図書の出版社は現代書林で、自費出版の会社である。出版社よりは翻訳者が記述した可能性が高いが、もともとの原著に同じ記述があるのかもしれない。なお、既に販売されなくなっているため、現代書林のサイトにはこの本の情報はなかった。

英語情報

700ページにのぼるという記述は英語では存在するのか。
これもまずは手軽にGoogle検索。「"enzyme nutrition" "700 pages"」で調べてみる。
するとあっさりGoogle Booksで1985年発行の原著の該当部分がみつかった。

Enzyme Nutrition: The Food Enzyme Concept - Edward Howell - Google ブックス
In 1946 he wrote The Status of Food Enzymes in Digestion and Metabolism, which has recently been reprinted. He then took more than 20 years to complete Enzyme Nutrition, of which this book is a published abridgment. The original is approximately 700 pages long and contains over 700 references to the world's scientific literature.

これにより、元の英語版の著者紹介で既に同じ記述があったことが分かる。
(最初に見た時は午前3時という時間のせいもあってか、 The Status of Food Enzymes in Digestion and MetabolismがオリジナルのEnzyme Nutritionの要約なのかと勘違いした)


では、この700ページのオリジナルは存在するのか。完全菜食主義やローフードダイエットに懐疑的なサイトBeyond Vegetarianism--Raw Food, Vegan, Fruitarian, Paleo Dietsでは、次のように書かれている。

Enzyme Nutrition, by Dr. Edward Howell (Avery Publishing, 1985). (Note: This version of Enzyme Nutrition is claimed to be an abridgement of an earlier book with the same title, said to be 700+ pages long. However, no one we have talked to who has mentioned it has actually been able to locate the book; nor have we, so far.)
(中略)
Two commonly encountered logical fallacies. In this debate, the supporters of Howell's theories engaged in two major logical fallacies that typify the kind of reasoning commonly offered in defense of his theories. First, when asked for credible evidence for the claims of Howell, his proponents asserted that such proof was in fact provided in the unabridged (rare, perhaps privately published) 700+ page version of Enzyme Nutrition, quotes and/or evidence from which no one was able to produce because no one had actually seen a copy.
(引用元 Do 'Food Enzymes' Enhance Digestive Efficiency, Longevity?

要するにハウエルの支持者は、ハウエルの主張のエビデンスは700ページを超えるというオリジナルのEnzyme Nutritionにあるというのだが、誰もそれを見たことがないというのだ。米国議会図書館などの蔵書データベースを検索したが、該当するようなオリジナルの存在は確認できなかった。、Enzyme Nutrition: The Food Enzyme Conceptのレビューでしばしばこのオリジナルについて"unpublished 700 pages book"と書かれていることから、出版されていないことになっているのかもしれない。
これでは、700ページを超えるというオリジナルが存在するかどうか怪しいと思える。
なお、Enzyme Nutrition: The Food Enzyme Conceptの裏表紙には"Enzyme Nutrition represents more than fifty years of research and experimentation by Dr. Howell. "とある。20年かけたオリジナルの話よりも年数が増え、「50年の研究と経験」という事になっているのだ。オリジナルからアップデートされたのだろうか。もしそうだとすると、少なくともアップデートされた部分のエビデンスは、古いオリジナルには存在しないはずだが。

まとめ

・『キラー・フード』の「20年かけて書き上げた約700ページにのぼる『酵素栄養学』の要約」という説明は、原著からある。
・ただし、その約700ページにのぼるオリジナルの『酵素栄養学』の存在をちゃんと確認した人間はいないようだ。