漫画の中のロシア武術システマ 第1回『アクメツ』

ロシアの格闘技であるシステマは、これまでいくつかの漫画に登場している。
これから不定期にそうしたシステマが登場する漫画を紹介し、その描写にシステマ練習者として解説・批評を加えていきたい。ストーリーにも触れるため、ネタバレもある。
第一回は『アクメツ』(田畑由秋脚本、余湖裕輝作画、秋田書店)について書いてみる。

アクメツ 16 (少年チャンピオン・コミックス)

アクメツ 16 (少年チャンピオン・コミックス)

  • 作者:田畑 由秋
  • 発売日: 2005/12/08
  • メディア: コミック
今回引用した画像は全てこの16巻からとった。余白を詰め、記事と関係ないコマを白く加工したため、実際のコミックのページとは見え方が違う点を了承してほしい。

ステマが登場するまでの『アクメツ』の話の流れ

アクメツ』は、『週刊少年チャンピオン』で2002年43号より2006年17号まで連載された漫画だ。舞台は現代日本で、実在の人物をモデルにしたキャラクターも登場する。
ある日、アクメツを名乗る仮面をつけた男達が突如現れる。アクメツは腐敗した政治家や官僚、財界人を人々やマスコミの前で次々と断罪し、殺し、そして自らも死んでいく。主人公である高校生・迫間生(はざま・しょう)の様子、風貌から彼がアクメツの正体であるのは読者には自明のことだが、謎が多く、死んでは現れるアクメツとの関わりはなかなか明らかにならない。
物語が終盤に進むと、アクメツ達は記憶を共有するクローンであることが明かされる。システマが登場するのは、アクメツと生の関わりに気づいた裏社会の人間が、アクメツのテクノロジーを手に入れようと動き出すところからである。

ステマ登場回

2006年に発売された単行本16巻に掲載されたエピソード第138話「スパーリング」で迫間生は級友達と歩いていると大勢のヤクザに囲まれ、拉致されそうになる。
そこで生は、アクメツと生の関わりを知らない級友達には思いもかけない戦闘能力を発揮する。


田畑由秋脚本、余湖裕輝作画(2006)『アクメツ』16巻(秋田書店)より

級友に殴りかかったヤクザの脚を踏み折ると、蹴りつけてきた他のヤクザの攻撃をかわし、投げ飛ばした。
第139話「システマ」でもヤクザとの戦いは継続し、そこで初めてシステマの名前も登場する。


田畑由秋脚本、余湖裕輝作画(2006)『アクメツ』16巻(秋田書店)より

この直後、倒れたヤクザの顔を躊躇なく踏みつけている。
その後も生が何人ものヤクザを難なく倒していく。その戦いぶりを見て、生の友人である一條は生の戦闘技術がシステマであると気づく。


「こ このバランスの崩し方は合気道?」
「いや あの踊るような動き」
「格闘オタクでもないかぎり知らないだろうが」
「そうだ! 間違いない!!」
「ロシア特殊部隊・スペツナズの対多人数戦闘を想定した格闘技」
「システマだ」
「人間は相手を倒そうとするとき力を込める」
「その支点を崩すと相手は自らの力で倒れるのだ」
「それを格闘術として昇華させたのが合気道やシステマだ」

田畑由秋脚本、余湖裕輝作画(2006)『アクメツ』16巻(秋田書店)より

これが日本ではじめて漫画にシステマの名前が登場した場面である。
この説明だけでは情報不足であり、相手を崩すことだけがシステマのコア部分だという誤解も生みそうだが、分かりやすいと言えば分かりやすい。ちょうどこのエピソードが雑誌で連載していた頃(2005年)、海外でシステマを学んだ人が日本でシステマを教え、雑誌『月刊秘伝』の記事にもなっていた時期で、その当時の雑誌記事や映像資料がこうした漫画の知識や格闘描写の基となっている。
中でも『アクメツ』のアクションシーンの参考になったのは、2004年に放送された格闘技ドキュメンタリー「Go Warrior」と考えられる。漫画に登場するアクションと同じ動きがデモンストレーションに登場しているからだ。

02:50〜03:12前後、インストラクターのヴラディミア・ヴァシリエフが多人数相手のデモンストレーションを行っている。これは『アクメツ』で生とヤクザが戦った場面と同様の動きである。
また、『アクメツ』のこの回ではナイフを振り回すヤクザの攻撃に対して、手を使わずにナイフの攻撃を体でさばいて返すという描写がある。


田畑由秋脚本、余湖裕輝作画(2006)『アクメツ』16巻(秋田書店)より

これは上の動画の09:16〜09:20に登場する動きを漫画で表現したものだろう。

絞り込まれた情報と分かりやすさ

こうしてシステマについての基本的な情報が紹介された。
作画の余湖裕輝氏は、映像を漫画の絵にしただけでなく、骨折シーンをレントゲン風に描くなどシステマの強さ、実戦性を描写する工夫をしており、多人数との戦い・ナイフ相手の戦いという不利な状況設定で主人公が圧倒的に強いことを表現している。一方でコマ割と現実より大げさな動作もあってシステマの動きの滑らかさや柔らかさまでは描写できていない。この漫画から現実のシステマの動きをイメージするのは難しいだろう。また、システマで重視されている呼吸法については全く言及がないし、拳を使った打撃も出てこない。この回の後、システマを使ったアクションがよく描かれたエピソードがないのは残念なことだ。
説明部分では「合気道との類似」「ロシア特殊部隊スペツナズの格闘技」「多人数戦闘」といった要素の印象が強い。
アクメツ』の説明と描写の印象深さのせいか、その後描かれたシステマが登場する他の漫画でも同じような説明が出てくる作品がある。
他の漫画でシステマを使うのは多くはロシア人だが、日本人の高校生が当時日本ではほとんど知られていなかったシステマを使うというのは、主人公の謎めいた設定と相まって効果的だったと思う。


次回は『ディアスポリス 異邦警察』(すぎむらしんいち漫画、リチャード・ウー脚本、講談社)を紹介する。
>>漫画の中のロシア武術システマ 第2回『ディアスポリス 異邦警察』 - 火薬と鋼