白上一空軒『手裏剣の世界』

この本は、現在では新本は販売されていない。私も近所の図書館で借りて読んだ。

手裏剣の世界

手裏剣の世界

『手裏剣の世界』は昭和51年に出版された手裏剣術の本だ(これは復刻)。
手裏剣術の本として特にエピソードに優れた一冊である。
著者は少年時代に小説を読んで手裏剣にはまり、その後高名な成瀬関次氏の手裏剣術の演武を見て弟子入りした人物で、戦後は手裏剣術・ブーメランの指導でテレビの世界とも関わりがある。成瀬氏から学んだ白井流・根岸流を元に独自の工夫を交えた一空流を創始した。
こうした多彩な来歴もあって、この本に書かれたエピソードも通り一遍のものではない。何しろ手裏剣術の本だというのに冒頭は「世界の投擲技術」であり、石投げ、槍投げ、ブーメランなど世界各国の投擲武器とその技術を解説している。特にまだ現在のように情報がない中でオーストラリアのブーメランの話を元に独自のブーメランを開発するというくだりは、この著者の研究熱心さが伺える。
手裏剣術の歴史や流派の説明、技術についても書かれているのだが、同書の内容としては多彩なエピソードの割合が多く、そちらのほうが記憶に残る。また、この時代の人にありがちな話だが、全てをちゃんとした史料や検証に基づいた内容と受け取るのは危うい。
戦後に高校の教師として手裏剣術を教えた不良生徒が更正したり、アメリカの投げナイフの名人と交流を持ったり、時代劇の手裏剣術に関わったり、あるいは護身術として女性達に手裏剣術を教えたりと、様々な体験談が書かれている。著者の師である成瀬関次氏との交流や成瀬氏の師である利根川孫六氏の逸話もある。単なる手裏剣術だけの本ではなく、この時代の武術家の伝記に近い。戦前から戦後の日本武術の一端を知ることができる興味深い一冊だと言える。