ジェームズ・ボンドもシステマ使いだった:システマが登場する海外小説いろいろ(〜2015年分)

ロシアの特殊部隊スペツナズの格闘技としてシステマが西側社会に紹介されてかなりの年数が経ち、システマを登場させる小説も増えた。
今回はシステマが登場する英語圏の小説を出版年順に紹介しよう。
紹介するのは2000年〜2015年に発行された小説で、私が実際に読むかGoogle Booksでシステマの記述を確認できたもの(内容未確認のものはまだまだある)。邦訳が出版されているものは邦訳タイトルをつけた。

Divide and Conquer: Op-Center 07 (トムクランシー,スティーヴ・ピチェニック『油田爆破』2000年)

油田爆破 (新潮文庫)

油田爆破 (新潮文庫)

トム・クランシーのオプ・センター・シリーズのうち、7作目の『油田爆破』にシステマが登場する。
まだシステマの情報が今ほど多くない頃の小説で、断片的な情報から作者が理解・構成したと思われる内容が書かれている。
登場人物の一人、ロシアのオプ・センターのオデット・コルカー(ナターリャ)の夫はスペツナズの士官であり、夫からシステマを教わったとされている。

ナターリャは電子情報の扱いに長けているだけでなく、夫のヴィクトールにスペツナズの殺人武術“型(システマ)”を教わっていた。体力維持のために、オルロフも基本は習ったことがある。システマは練習で身につける動きや肉体の力を利用するものではない。攻撃されたときに、自分の防御の動きで反撃の型が決まることを教えるものだ。たとえば、胸の右側を攻撃されれば、反射的に打撃から逃れようと右を引く。その結果、自動的に左が前に出る。だから、反撃は左手でやらなければならない。それも一撃ではない、三位一体の反撃だ。最初は顎、つぎは肘で口、返す手の甲で頬桁を張る。すべてつづけざまの早い動作でやる。その間に、つぎの三位一体の攻撃を行う姿勢になる。ふつう、相手に一度しか攻撃の機会をあたえない。相手が複数のときは、倒れる相手が邪魔になって襲いかかれないように仕向ける。

「型」と書いて「システマ」とルビを振るのはかなり珍しい。システマは型がないことを謳っているので猶更奇異に感じる。
「三位一体」はTrinity、ロシア武術の打撃技術・トリニティ・ストライクのことだ。

Pattern Recognition (ウィリアム・ギブスン『パターン・レコグニション』2004年)

パターン・レコグニション

パターン・レコグニション

ニューロマンサー』で知られるウィリアム・ギブスンの小説。
終盤、ロシア人富豪ヴォルコフのボディガードの説明にシステマが登場する。

「システマ」とビゲンドがいう。
「え?」
「あの三人。ロシアのマーシャルアーツで、スペツナズ(訳注 旧ソ連参謀本部情報部直属の特殊部隊)やKGBボディガード以外の人間には禁止されていた。その形式の基礎はコサック・ダンスにある。東洋武術とはまったく似ていない」

本作ではシステマについてはここにしか登場しない。しかしギブスンは他の作品でもシステマを登場させている。
それが次の作品である。

Spook Country (ウィリアム・ギブスン『スプーク・カントリー』2007年)

スプーク・カントリー (海外SFノヴェルズ)

スプーク・カントリー (海外SFノヴェルズ)

こちらもウィリアム・ギブスンの小説のうちの一つ。『パターン・レコグニション』と比べてシステマはかなり重要な要素になっている。
3人の主人公の一人、ニューヨークに住む中国系キューバ移民のチトーは、キューバで叔父たちからシステマを学んだ。

ステマを教えてくれた叔父たち、ラス・トゥナスで生涯を終えようとした叔父たちは、パリからやってきたもと兵士のベトナム人からそれを教わった。

ロシアと直接のつながりがないというのは珍しい。システマの解説や扱われ方もかなり変わっている。
ベトナム人が見せた技術は浅い溝しかないブロック塀を登ってみせるというもので、チトーがその後行うシステマは主にセルフコントロールの手段である。
また、抽象的な説明も行っており、システマの性質を独特の描写で説明しようとしている。以下にチトーが逃走する場面でのシステマの説明を引用しよう。

ステマは、そうできるときはいつも追跡を避ける、と叔父たちは教えてくれた。システマは逃げださないほうを選ぶ。というより、ただ姿を消す。そのちがいを説明するのはむずかしいが、たとえばテーブルの上で手首をつかもうとするような単純な動きで、簡単に実演できる。システマで訓練された手首はそれをかわす。
(中略)
しかし、この場合にもやはりシステマがある。チトーはいまそれを実証するほうを選び、走りながらベンチの背をつかんで、その座席の上に飛びおり、ごろごろと転がってから、そのままの勢いで走り出した。運動量(モーメンタム)を回転で打ち消すだけのごく簡単な技術だが、それを見た子供たちのひとりが歓声を上げた。

このほか、フリーランニング(パルクール)について「システマに似ていなくもない格闘術」と表現している。
本作のシステマの描写は移動と自己制御の側面の比重がかなり大きく、クセのあるものである。

Carte Blanche: The New James Bond Novel (ジェフリー・ディーヴァー『007 白紙委任状』2011年)

007 白紙委任状

007 白紙委任状

有名な007ことジェームズ・ボンド・シリーズにもシステマが登場している。
9.11の影響が色濃い本作は、イギリスへの大規模テロをボンドが阻止するストーリーだ。
そしてシステマを使うのはロシア人ではなくジェームズ・ボンドその人である。ジェームズ・ボンドがシステマ使いという小説があることは案外知られていないのではないだろうか。
下巻でボンドは敵から襲撃を受け、格闘で対処するのだが、その場面で情報機関ODGでシステマの訓練を受けたと説明がある。

それはかつての(ひょっとしたら“現在でも”かもしれない)敵国、ロシアから拝借したもの、コサック族に古くから伝わる武術システマを、ロシアの参謀本部情報総局の特殊部隊スペツナズが改良した格闘技だった。
ステマでは、拳を使うことはほとんどない。武器として使う部位は主に、掌、肘、それに膝だ。ただし、打撃の回数をできる限り少なくするよう心がける。相手を打ちのめすのではなく、体力を消耗させておいて、肩や手首、腕、足首などを一撃して倒すのだ。熟練したシステマの使い手は、敵の体にいっさい接触しない。触れるのは、最後の最後、疲れきった相手がほぼ無防備になった瞬間だけだ。敵を地面に倒しておいて、胸や喉に膝をめりこませる。

この説明の戦術のようにボンドは敵のナイフをかわし続け、相手が消耗してきたところで手首を極め制圧するのであった。
ほとんどの部分に疑問のある奇妙な説明だが、何か出典があるのだろうか。他のシステマとも違う。

The Third Bullet: A Bob Lee Swagger Novel (スティーヴン・ハンター『第三の銃弾』2013年)

第三の銃弾 (上) (扶桑社ミステリー)

第三の銃弾 (上) (扶桑社ミステリー)

第三の銃弾 (下) (扶桑社ミステリー)

第三の銃弾 (下) (扶桑社ミステリー)

こちらも有名なスティーヴン・ハンターのボブ・リー・スワガー・シリーズの一つで、邦訳も出ている。
これから買う人はディクスン・カーの同名小説があるので間違えないように。
本作は作者自身をモデルとした人物を発端にボブ・リー・スワガーがJFK暗殺事件の謎を追う。
ステマが登場するのは上巻、モスクワで調査をしているスワガー達を殺し屋6人が狙う場面だ。
彼らはかつてはスペツナズの仕事として、その後はギャングの仕事として殺しを行っている。全員屈強な体格と筋力の持ち主で、

(前略)システマ(ロシアのミハイル・リャブコが創始して軍隊に採用された武術・戦闘術)とコンバット・サンボ(ロシア古来の格闘術に柔術を採り入れたサンボを軍事向けにアレンジした戦闘術)という、ロシアが発展させた致死的格闘術のエキスパートでもあった。

しかし戦闘は銃撃戦で特にこれらの格闘技は活用されないため、扱いはかなりあっさりしている。
上で引用した文章の()内の説明は原著にはなく、訳者が追加したものと思われる。

Dead Means Dead by J.S. Wayne (2013年)

Dead Means Dead (English Edition)

Dead Means Dead (English Edition)

未訳のため全体は確認していない。
女性同性愛者とゾンビの戦いを描いた異色のエロティック・ロマンス小説『レズビアンVSゾンビ』シリーズの中の一作。
主人公は学生で女優のルイス。ルイスが心ひかれる舞台係のアンジーが「テコンドー、クラヴマガ、システマ」をやっていると言う場面がある。
この三つの格闘技のうち、システマについてだけ主人公が質問しているのは知名度のせいだろうか。
スペツナズの格闘技であるという事以外、あまり具体的な説明や描写はない。

Tigerman: A novel by Nick Harkaway (2014年)

Tigerman: A novel (Vintage Contemporaries) (English Edition)

Tigerman: A novel (Vintage Contemporaries) (English Edition)

未訳のため全体は確認していない。
これは特に部分だけ読んで紹介するの難しい。
ステマの短い言及があり、ロシアとウクライナスペツナズで教えられていたと説明されている。
またこの小説でもフリーランニングとシステマが並べられている。

The Shanghai Connection : Science fiction space opera adventure by Alexei Cyren (2014年)

未訳のため全体は確認していない。
スペースオペラにもシステマが登場する。
主人公アリエル・ブレイクは母親を殺したテロ集団ブラック・フェニックスを追う新人ガーディアン・コップで、格闘技訓練としてジークンドークラヴマガ、システマの訓練を受けたとされている。システマの説明や技術についての詳しい描写は確認した範囲ではなさそうである。

Palace of Treason: A Novel Jason Matthews (2015年)

Palace of Treason: A Novel (The Red Sparrow Trilogy Book 2) (English Edition)

Palace of Treason: A Novel (The Red Sparrow Trilogy Book 2) (English Edition)

未訳のため全体は確認していない。
レッド・スパロー』のジェイソン・マシューズによるスパイ小説。これは今年出版されたばかりであり、今後邦訳が出る可能性がある。
本作の主人公、ドミニカ・エゴロワはエージェントとしてシステマの訓練を受け、実際に使う場面がある。
ステマの歴史(10世紀のコサック武術に遡ること)への言及もにあり、ストーリー上も扱いが大きいようである。

The Black Magic Gang Jack the Ripper Case Reopened - Book #1 of the Saga (2015年)

The Black Magic Gang: Jack the Ripper Case Reopened - Book #1 of the Saga

The Black Magic Gang: Jack the Ripper Case Reopened - Book #1 of the Saga

未訳のため全体は確認していない。
切り裂きジャック事件を下敷きにした小説。現代のロンドンで起きたアメリカ人の殺人事件を追うFBI捜査官の話である。
ステマをやっていない主人公達が作中人物が使うシステマについて説明する部分があり、システマの呼称として“poznai sebia”を知っている・10世紀のロシア武術という由来・「恐怖を取り除く」という説明・ヴラディミア・ヴァシリエフが2000年頃持ち込んだ等(※実際には90年代)、概要はかなり詳しい。一方、実際の技術については詳しくない模様。

全体の傾向

小説におけるシステマの説明、システマを使う登場人物のポイントはやはり特殊部隊スペツナズとの関わりである。
また、殺人武術(brutal martial arts)といった恐ろしげな説明が加わることも多い。
一方、その技術については断片的な情報と作者の解釈が入り混じり、実態があまりうまく反映されていない。例えばシステマの説明でしばしば強調されるリラックスや呼吸などは小説には登場しない。