二刀を使った新田義貞

みんみんぜみさんのツィートの二天一流と猫の話から。


この新田義貞の話は太平記で有名だが、実際どのような記述か知らない人もいるかもしれない。
手元にある岩波書店の『日本古典文学大系 太平記 二』から引用してみる。
該当する部分は巻第十六の「新田殿湊河合戦の事」である。
建武3年(1336)、九州から東上した足利尊氏足利直義らの軍と、後醍醐天皇方の新田義貞楠木正成軍との間で行われた湊川の戦いの話だ。
数に劣る新田軍は敗北して退却することになる。しんがり新田義貞に対して足利軍が矢を射かけてくる場面で義貞は二刀を使う。

義貞は薄金と云ふ甲に、鬼切・鬼丸とて多田満仲より傳たる源氏重代の太刀を二振帯れたりけるを、左右の手に抜持て、上る矢をば飛越、下る矢をば差伏き、真中を指て射矢をば二振の太刀を相交て、十六までぞ切て被レ落ける。

同書のカタカナはひらがなに改めた。
いかにも軍記物といった記述だが、『太平記』の人気から考えても古くから知られている二刀のエピソードだろう。創作としても名刀を使った二刀の逸話としてこれに勝る話はないのではないか。