現代戦とカランビットの長所短所

2011年にカランビットについての記事を書いた。
あれからだいぶ年数が経ったので、現代のカランビットについてリライトしておく。
machida77.hatenadiary.jp

カランビットの歴史と現在使われるようになった経緯

カランビットはフィリピン、インドネシア、マレーシア等東南アジアで伝統的に使われている鎌状の刃物を武器としたものだ。
鎌や鉤爪のように屈曲した刃体をもち、ハンドルエンドに指を通す輪(フィンガーリング)がついている。
厳密に言うと地域で呼び方が異なるが、現在英語圏でよく使われているのはカランビットという呼び方だ。
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カランビットが使われ出した経緯、時期は定かではなく、戦士階級ではなく農民の武器だったとか、女性が使ったとか、戦士が最後の武器として身につけていたとか様々な民間伝承が伝わっている。

この武器は、1972年出版のDonn F. Draeger "Weapons and fighting arts of the Indonesian archipelago"などの書籍で紹介されていたが、その頃はまだ欧米に知れ渡ってはいなかった。
カランビットの知名度が欧米に広がったのは、アメリカでスティーブ・タラーニが紹介して以降のことだ。
タラーニは自分が指導するシラットや近接戦闘技術でカランビットの使用法を教えていた。
特に2000年代にタラーニの指導内容を紹介する本、DVD、そしてカランビットのファクトリーナイフが登場して急激に広まっていった。
カランビット本体とそれを操る格闘技術の映像や資料、両方が入手しやすい形で広まったことがポイントだ。
知名度が上がった結果、欧米では様々な東南アジア系武術の流派・団体でカランビット術の指導が行われるようになった。
元から教えていたところもあるが、カランビットが有名になったので扱いが変わり大きく宣伝するようになったところもあるだろう。

カランビットの技術

カランビットを使う格闘技はフィリピン、インドネシア、マレーシアなど東南アジア武術にいくつもある。
多くの場合逆手に持ち、人差し指をリングに通して握る。順手に持つ場合もあり、その時はリングに小指を通す。
(ステーィブ・タラーニ氏によるカランビットの技法)
www.youtube.com
(ダグ・マルカイダ氏によるカランビットの技法)

カランビットの長所の一つは、刃が短くとも深い傷を与えられることだ。
切先の鋭さ、弧を描くブレードとハンドル、それらを活かすフック状の動作が合わさり、「突き刺して引き裂く」結果をもたらす。
腕・手からナイフに伝わる力の方向も通常のナイフで突くのとは異なっている。
カランビットは虎の爪を参考にしたという民間伝承があるが、この形状と操作の効果は動物の爪と同じなのである。
これは、例えば猫に引っかかれた経験のある人なら分かりやすいだろう。
猫の小さい爪は刃がついていないのに結構深い傷がつく。
カランビットも諸要素により短いブレードでも深い傷を与えることができるのである。
この特性を示すため肉を切っている動画が多く公開されている。
下の動画ではテストとしてBastinelli KnivesのPiKaを使って肉を切っている。
刃長4.2cmのカランビットだが深く切れている。
www.youtube.com
カランビットは歴史的に小型の隠し持つ武器として使われたという話があるが、それも小型で殺傷力が高いという特性のためだ。
力が逃げにくい形状から、刃に相手の武器を引っ掛けて落とすとか、人体に引っ掛けるといった事もできる。

もう一つの特徴であるフィンガーリングは、カランビットが手から抜け落ちないという意義がある。
そうした不慮の自体の対策というだけでなく、力の伝えやすさにもつながっているしリングを活かす技法もある。
リングがあるので手を開いてもカランビットを落とすことはなく、他の作業も並行して行える。
兵士向けのテクニックにカランビットを持ったまま銃を操作するものがあるが、これもそうしたメリットの一つだ。
また、リング部分で殴るという技法もある。
そして握り方を変えることでエクステンデッド・グリップという持ち方に切り替えることもできる。

上の写真のように持つ。通常のグリップから瞬時に切り替えることで拳ひとつ分遠い間合いを攻撃できる。

これまで挙げたカランビットの特徴は、特に近い間合いでのナイフ格闘において極めて優位に働く。
短いが深い傷を与えることが可能で、力を伝えやすくナイフを落とす心配がないというのは現代の近接戦闘でも有効だ。
加えてナイフ格闘では相手のナイフ(あるいは手・腕)をさばいて優位を得るが、屈曲した鎌状の刃はさばきにくい。
また、ナイフを引く動作で深い傷を与える点も対処しにくい。
鋭い鎌状のナイフは相手の装備やボディアーマーに覆われていない部位を狙って抉る事にも適している。

カランビットの短所

カランビット最大の欠点は、その特殊な形状にある。
カーブしたブレードもリングもナイフのサイズを通常のナイフよりも増大させる。
特にシースナイフでは鎌状の刃はちゃんとシースから抜きにくい(これはシースの構造、デザインでカバーされていることがある)。
フォールディングナイフのカランビットであってもオーソドックスなフォールディングナイフよりかさばる。

また、普通のナイフよりも汎用性では劣る。
例えば直線的なナイフは前後に動かして切ることで刃体より大きなものを切ることができるが、カーブのきついカランビットでは刃より大きなものを切るのは極めて難しい。戦闘用に適していると言っても、多用途に使うのにはあまり向いていない。
しかも普通のナイフより研ぎにくい*1
戦闘以外の用途も考慮するなら普通の形状のナイフのほうが便利なのである。
だから特殊部隊等では普通の形状のナイフとカランビットを両方携行する事もある。

そしてカランビット最大の問題は、専用の技術を学び、習熟しないとあまり役に立たないということだ。
役に立たないだけでなく、危険さえある。
扱いがまずいとカランビットの鋭く屈曲した刃は自分を傷つけるのである。
実際、練習の際に自分の手を怪我した人間は多い。
またカランビットの技術を習える場が限られているという事情もある(これは国・地域差がある)。
広まったとは言っても、いまだにプロ、専門家、熟達者の武器という側面は残り続けており、実用品としての普及には限度がある。

*1:戦闘に使うだけなら先端が鋭ければあまり鋭利に研がなくても使用できる。