戊辰戦争で長柄刀で奮戦した加賀の田辺助正

先日、武器の異称で国会図書館デジタルコレクションを検索して通常の語ではみつからない資料を探す試みをしていた。
「長柄刀」で検索したところ、田宮平兵衞重正が居合で使用したものがヒットすることが多いが、それ以外の例もあった。
気になったのは野口犀陽ほか『犀陽遺文』(野口遵, 明34)に出ている「田邊翁墓表」だ。
犀陽遺文 - 国立国会図書館デジタルコレクション
田邊翁という人物は、江戸で清水正則に長柄刀法を学び、加賀に戻ってこれを指導し、弟子は二千余人いたという。
戊辰戦争北越戦争)の際に銃弾が降り注ぐ中で長柄刀を持って敵陣に突撃したことがあったという趣旨の記述がある。
この墓の人物が気になって少し調べてみた。

まず、日置謙編『加能郷土辞彙』(金沢文化協会, 1942)に田辺翁=田辺助正についての項目がある。

タナベスケマサ 田邊助正
通稱貞之助。少より武技を好み、後江戶に出で、長巻の術を清水正則に學び、門下に教授すること二千人を越えた。藩内に長卷の刀法の起つたこと助正に初るといはれる。明治元年家を襲いで禄百三十石を受け、北越の役に功があり、金澤藩権少属に任ぜられた。明治十一年十一月十八日歿。享年五十二。
加能郷土辞彙 - 国立国会図書館デジタルコレクション

この記述から、長柄刀とは長巻のことだということが分かる。

また、入江康平編『近世武道文献目錄』(第一書房, 1989)に田辺助正が加賀で教えた長巻術の伝書の情報があった。

神刀智新流長巻柄太刀目録神 武流長巻目録(剣)
(しんとうちしんりゅうながまきえだちもくろく じんむりゅうながまきもくろく〕
1巻 開祖清水次郎正則 田辺助正授 岸竜三郎受

聞いたことがない流派だが、清水正則が開祖であることがこれで分かった。
清水正則と言えば綿谷雪『日本武芸小伝』に掲載されている『ありやなしや』の著者・清水礫州の弟で、槍は宝蔵院流、剣は二天流で江戸牛込に練武堂を建て教授した人物である。
日本武芸小伝 - 国立国会図書館デジタルコレクション
清水正則が長巻術を創始したということについては他に情報がない。
幕末維新の時代に長巻術というのは珍しいと思われるのだが、それが加賀で多くの弟子を育て、更に戊辰戦争で実際に使われたというのは稀有な例と言っていいだろう。