図書館とホームレス問題の先行事例について

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080830-00000909-san-soci
 このニュースに関連して公共図書館のホームレス利用について、各ブログで話題になっている。
図書館がホームレス排除に苦心しているとかいう件についての私からの提案 - planet カラダン
 ここで女性専用席を設けてホームレス対策としているのが問題なのは全くid:Romanceさんの主張の通りだと私も思う。
 関連して、ホームレスの図書館利用に制限を設けるかどうかという問題も議論となっている。
http://d.hatena.ne.jp/muffdiving/20080830/1220185777が分かりやすい。
 この問題に関しては必然的に行政レベルのホームレス対策の話につながるが、図書館での対応に限定しても先行研究や事例が山のようにある。日本の図書館情報学ではまだこの分野の研究の蓄積は少ないが、アメリカでは重要な問題の一つだ。ホームレスが図書館によく来るというのはアメリカでもよくあることで、当然匂いや衛生面などもかなり以前から問題視されている。


 というわけで有名なクライマー事件について紹介する。ホームレスの図書館利用の議論では避けて通れない事例だ。
 クライマー事件とは1990年にニュージャージー州モリスタウン図書館で、問題行動を繰り返し、利用規則違反として退館させられたホームレスのRichard Kreimerが、利用規則は違憲として争った事件のこと。川崎良孝『図書館裁判を考える―アメリカ公立図書館の基本的性格』(日本図書館協会)等で紹介されていて日本の図書館業界でも有名だ。アメリカにおける図書館とホームレスの問題を論じる際には欠かせない。この事件に関しては
CA1479 - 動向レビュー:「問題利用者」論の動向 / 樋山千冬 | カレントアウェアネス・ポータル
 上の記事の紹介が簡潔で分かりやすい。判決で重要なのは「公共図書館は図書館資料の利用という文字コミュニケーションを目的とする"制限的パブリック・フォーラム"であり、他の人の目的達成を妨げることを規制する規則に違憲性はない」*1ということだ。
 この判決は「ホームレスだから排除して良い」ということではない。図書館の目的を妨げるかどうかが問題なのだ。この判決後、ホームレスの利用問題に関して「図書館の目的を妨げるほどの迷惑行為」という判断が恣意的に行われないか、議論の種となっている。「ホームレスだから排除する」という本音を隠す建前に使われるという危険性を抱えているわけだ。実際には不衛生な利用者や迷惑行動を起こす利用者はホームレスでなくともいるし、図書館側がどのような基準で迷惑行為を認識するのかが課題となっている。
 アメリカのホームレスの公共図書館利用に関しては、Webで読めるものだとSilver -Libraries and the Homeless: Caregivers or Enforcers"The use of the public library by homeless people involves issues about the role of the library in society, the rights of library users, and the issue of accessがお勧め。


そしてホームレスにこそ図書館サービスが必要だと言う考えもある。昨年のUSA Todayの記事ではホームレス向けのサービスを行う図書館の例が紹介されている。
Libraries offer more services to homeless - USATODAY.com
 この辺は情報発信者としての図書館を重視するアメリ*2ならではという感じだ。そもそも図書館が貧困への支援を行うという考えがある*3。そうした図書館活動に関してはAmerican Library AssociationのHunger, Homelessness & Poverty Task Force – SRRT/ALA – Social Responsibilities Round Table of the American Library Associationで知ることができる。
 以上の事例や研究はアメリカの例に偏っている。日本ではこうした問題の研究事例はあまり多くはない*4。北米の例を直ちに日本に置き換えることはできないが、参考にはなるだろう。
(2008-9-1 分かりにくい部分に加筆修正)
(2008-9-2 クライマー事件に関してクライマー事件の概要(1) - 火薬と鋼で紹介開始)

*1:物凄く省略しているのでちゃんと紹介しているところを読み直すことをお勧めする。

*2:自治体のくじの当選発表とか就職情報とか、災害時の行方不明者の情報の告示など、多くの情報発信の事例がある。

*3:日本は貧困から目をそむけてきたのでそういう考え方自体存在しない。

*4:あるにはある。後輩の一人もこの問題を修論で扱かった。