図書館とニセ科学と過去の誤謬

図書館の権利には謎が多い
Library Rights is shrouded in mystery.


誰もが正義となり
Everyone is a hero


誰もが悪となる
and a villain.


そして誰が被害者で
And no one knows who is the victim,


誰が加害者か
and who is the aggressor.


一体『自由』とは何か
And what is "freedom" ?

多様性を満たせない

図書館は多様な表現を提供するが、図書館が資料をどのように取捨選択するかは、出版流通の事情にかなり左右されている。例えば血液型性格判断に肯定的な本しか市場になければ、図書館の蔵書も同じようになる。そうなると、図書館は血液型性格判断に否定的な見解を提供することはできない。
現状、オカルト、偽史ニセ科学などの誤解、間違い、嘘、デマを含んだ蔵書は図書館のかなりの割合を占めている。この事は、貴方が利用する公共図書館で医学(NDCで490)に分類された本を見れば、実感できるだろう。
図書館はこうした資料*1も提供するが、同時にこうした資料に否定的な資料も収集、提供する。
しかし、現実には「反対意見の本が売っていない」「反対意見があることが認識されていない」「その分野の定説が周知されていない」等の事情により、テーマによっては内容に誤解、間違い、嘘、デマを含んだ資料しか所蔵されていないことがある*2
さて、ここで一つ考えてほしい。貴方は、図書館にある資料の内容が「正しい」と思っているだろうか。図書館にある蔵書の内容は正しいと思い込んでいる人もいるし、そうではない人もいるだろうが、大抵の人間は漠然と図書館にある本は「良い本」であると思っているだけだ。
そんな市民が蔵書の内容や構成を気にするのは、メディアや行政、議員、特定の集団などが蔵書を問題視した場合だけである。その点を踏まえてニセ科学論議とは方向性がだいぶ違うが、いくつか興味深い事例を紹介しよう。
これから紹介するのは、「図書館は間違いがあると分かった蔵書をどうするか」という話である。

遠藤周作『こんな治療法もある』

  • 発端

1989年に講談社から発行された遠藤周作の『こんな治療法もある』は、代替療法を紹介した対談集だ。
1991年に同書に紹介されたアトピー性皮膚炎の治療法で被害が生じ、講談社は同書を絶版扱いとした。
翌1992年、図書館で所蔵されていた同書を読んで健康被害にあった読者が出版社と図書館に苦情を寄せた。図書館職員は講談社に対して全国の図書館にこのことを伝えるべきだと指摘した。この結果、講談社は全国の図書館の同書の閲覧・貸出の禁止を要請した。

  • 図書館側の対応

講談社の要請には具体的な問題点の説明が含まれていなかった。
このため図書館や図書館問題研究会(図問研)は、図書館が知る自由を保障するために単純な閲覧・貸出禁止の要請には応じられないことを講談社に説明し、要請の撤回を求めた。ここで図問研は、事実誤認の発見や見解の変更に対しては正誤表や改訂版の発行が対処方法であり、社会的に隠蔽するのは正しくないとしている。
これに対して講談社から謝罪と経緯の説明はあったが、要請の撤回はなされなかった。講談社の要請を問題視した図書館もあったが、特に問題意識もなく、除籍した図書館もあったという。

この一件は、出版社が書籍に何らかの問題を見出した場合、間違いを周知させることよりも隠蔽し、「なかったこと」にする一例である。しかし国民の知る自由を保障する図書館としては、問題のあった図書こそ国民が判断を下せるように提供できなければならない。こうした問題で厄介なのは、「正誤表や改訂版ではすまされないほど全てが間違っている」あるいは「著者や出版社が誤りや虚偽を認めない」場合である。その場合、書籍を除籍・除架するのではなく対抗する資料を提供できるようにするのが望ましいわけだが、上述の出版事情からそうした資料が存在しないこともある。また、図書館の蔵書は無条件に正しいと考えているような人間は、そもそもこうした資料を図書館から排除したがる。
同様の例として、旧石器遺跡捏造事件関係図書がある。
捏造が発覚した後、捏造遺跡を根拠とした書籍を図書館から除くように求める動きがあった。この場合も図書館界は、問題となった図書の改訂版や捏造事件を追った書籍を購入することで対応している。
逆に言えば、改訂や正誤表、対抗する図書が出版されないテーマについて、国民は正しい情報*3を図書館で知ることは必ずしもできないのである。学界、研究者によって過去に否定済みの間違った見解を載せた資料しか図書館にない、ということも分野によってはあるわけだ。

分類問題

公共図書館の分類は、大体は図書館か業者が付与している。この場合、内容から判断して付与しているというより、出版社(あるいは著者)がどのようにその本を宣伝しているかにかなり依存している。また、大手の業者(まあTRCだな)が一旦分類をつけると、多くの図書館はそれに追随することになる。図書館が独自の分類を付与するにしても、知識がないとおかしな分類になることもある。
全くの余談だが、杉並区立図書館では『発掘!あるある大事典』が百科事典に分類されている。話の種になるので文句を言ったことはないが。

  • 『水伝』分類問題

水からの伝言』や関連書籍に対して、「435.44」(無機化学/水・重水)の分類が付与されている大学図書館があった。この分類では科学的なものと間違えられる可能性が高まるので、その分類に対して再検討を求めるという話があった。
この件を知らない人は、kamezoさんの一連のエントリを読んでほしい。
PSJ渋谷研究所X: 広島工業大学図書館が「水伝」を推薦
PSJ渋谷研究所X: 図書館でニセ科学書籍は、たとえば「147」に分類してもらおう【追記あり】
PSJ渋谷研究所X: 図書館での分類方法と再検討の申し入れ方
 これは、大学図書館の分類は国立情報学研究所(NII)のNACSIS-CATのデータに依存している割合が高く、NIIの書誌データの分類が435.44になっていることから生じた問題である。多くの大学図書館は、NACSIS-CATの書誌レコードの分類の記述や他館の分類を参考にしている。
http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA42419073 該当する書誌レコード
レコードの下に見える「図書館所蔵」で各図書館の請求記号も見られる。ほとんどの館が435.44に分類していることが分かるだろう。
どこかの水伝を所蔵する参加組織が書誌レコードの分類を修正すれば(分類は発見館修正が可能な項目である)、少なくとも修正があった図書については今後改善されるかもしれない(ただし、発行後何年も経った資料に関しては、その効果は限定的)。
NACSIS-CATの書誌レコードの分類・件名はTRCや国会図書館が付与したものの流用そのままであることが一般的であるし、一旦書誌データの作成段階で付与された分類が多くの図書館(公共も大学も)に普及するという構造になっている。
この構造があるため、「分類によってニセ科学が科学と混同される」という問題は、根本的な改善が難しい。
例えばホメオパシーの図書はNACSIS-CATではほとんどが492.3(化学療法、薬物療法)に分類されている(実態を考えれば492.79(民間療法)に分類されるのが妥当だ)。こうした分類は同様のグループ全ての分類が修正されないと、新しい本が出るたびに過去の類似の本と同じ分類が付与される。一旦科学を装うことに成功した図書の分類を全体的に改めるのは厄介なことなのだ。
(追記)
分類の話はちょっと誤解があるようなので補足。
ニセ科学の資料を一律147(超心理学・心霊研究)にしろ、というのは不可能。
水伝をこの分類にするのが妥当なのは、スピリチュアリズム(詳しく書くと波動)を主とした内容・表現だからである。『水からの伝言』のテーマは『水』ではなくスピリチュアリズムの『伝言』のほうなのだ。
またホメオパシーは通常の医療の化学療法や薬物療法ではなく、それらを装っているわけでもない(むしろ薬物療法以上の効果を強調し、オカルト的な説明を盛り込む例が目立つ)。だから訂正されるべき例として出している。
もっと巧妙に科学を偽装しているような場合は(あるいは結果的に混同されるような場合)、内容の真偽はさておき147に分類するのは妥当ではない。
・分類の検討
注意してほしいのは、私が示したのは明らかに図書館側が十分な主題分析をせずに間違った分類を付与した例だということだ。
上述の例は、「何を主題に扱っているか」を認識する科学リテラシーが図書館に十分にはないということを示している(オカルトリテラシーといったものも場合によっては必要かも。最も、リテラシー以前にまともに内容確認していない図書館もかなりある)。しかも蔵書の再検討というのはしばしば図書館の世界で話題になるが(古い資料の除籍・除架の検討が主)、こうした誤認による分類の再検討はよほどの事がない限り話題にあがらない。
以上の問題意識から例示したが、別に外部からの分類変更の圧力を促しているわけでもなく、分類に権威を求めるのが妥当だと考えているわけでもない。あくまで図書館側の問題として示した。

*1:ニセ科学に話題で混同される「現在では否定されているがかつては否定されていなかった説」の資料も含む

*2:ネットのニセ科学論議では「現在では否定されているが過去正しいと思われていた説」をニセ科学とは言わない。しかし、今回の図書館の話ではその辺も含むので、より幅広い「間違い」「異説」全般の話だと思ってほしい。

*3:ニセ科学論議を踏まえて厳密に言えば、「より信頼性が高く正しいと認識されている説」