フィクションを見るための軍用ナイフ講座 (2)サバイバルナイフ

フィクションを見るための軍用ナイフ講座 (1)種類 - 火薬と鋼
一般に軍用ナイフというと、サバイバルナイフしか想像できない人は多い。
多くのフィクションに登場し、「戦闘用の大型ナイフ」として文化的アイコンにまでなっていると言ってもいいだろう。
今回は現実とフィクションとが交錯するサバイバルナイフについて解説しよう。

ノコギリは何のため

サバイバルナイフというと、多くはブレードの背に鋸刃があり、中には柄(ハンドル)が中空のパイプ状になっていて薬品等サバイバルギアを収納できるようになっている。
また、パイプハンドルのキャップの部分に方位磁針を仕込んであるというのも定番だ。
このスタイルの各種要素は、古い時代の軍用ナイフに見られたものである。
まず、鋸刃は19世紀から第一次世界大戦時頃の銃剣に見られる。
Bayonets of Imperial Germany 1871-1918 例:ドイツの銃剣
これは主に工兵用の銃剣で、塹壕での作業に用いることを想定して鋸刃がつけられた。
こうした刃は戦闘でひどい傷を残すので、鋸刃付き銃剣を所持している兵士が捕虜になると拷問されたり殺されたりしたという話が伝わっている*1
第二次世界大戦以降は、銃剣以外にも航空機のパイロットが脱出用ツール、サバイバルツールとして携行するナイフや特殊部隊が所持するナイフなどでこうしたノコギリの機能を持ったナイフが登場するようになった。
実際には各国で様々な例があり、例えばナチス政権下のドイツではドイツ赤十字下士官が鋸刃を備えたナイフを支給された例*2もある。
よく知られている映画「ランボー」のナイフに直結するデザインが生まれたのはベトナム戦争の時代だ。
ベトナム戦争で米軍兵士が使用したナイフの一つにRandall KnivesのModel 18がある。
ここで「背の鋸刃+パイプ状の中空ハンドル」の組み合わせが完全に定着した。
これら一連の軍用ナイフの鋸は、要するにナイフ一本にナイフ以外の機能を組み込もうとした工夫の産物である。
中空のハンドルもそうした工夫の一つだ。
この歴史からも分かるように、サバイバルナイフの特徴的な各要素は、全て武器というより道具としての機能を盛り込んだ結果なのだ。
こうしたサバイバルナイフのスタイルは1980年代にピークを迎え、その後衰退していく。

ぜんぶ、ランボーのせい

世界にサバイバルナイフが広く知られるようになった原因は、軍用ナイフではない。
現在、サバイバルナイフというものが広く軍用ナイフ、戦闘用ナイフとしてイメージされるようになったのは、映画「ランボー」に登場したナイフが原因だ。
Lile First Blood Knife - Jimmy Lile Knives 「ランボー」シリーズ1作に登場するナイフ
映画に登場したサバイバルナイフはジミー・ライルによるカスタムナイフで、通常のコンバットナイフよりも大型(35cm以上)のものだ。
この映画によりこのスタイルを真似たサバイバルナイフが世界に激増、「強さ」をイメージしたナイフとして文化的アイコンにまでなってしまった。
映画では、ランボーは武器としてより道具としてナイフを使っている。
しかしサバイバルナイフ=武器としてのイメージのほうが、見た目が派手なだけに広まりやすかったのだろう。
結果的にこのスタイルの安価なコピー商品が多数生まれ、チンピラやヤクザに使われ、自治体によっては規制するところも登場している。
犯罪報道で「サバイバルナイフ」という用語がしばしば用いられるのも、そうした経緯があってのことだ。

サバイバルナイフの機能をみる

  • 鋸刃(ソウトゥース)

一般にサバイバルナイフは厚みがあり(5mm程度)、また鋸の形状も鋭くないものが多い。
このため木を切るには時間や体力を費やす必要があるものが多い。デザインや素材、加工次第では使えるが全く使えない形状のものもある。
映画「ランボー」に登場したナイフのスタイルの鋸刃は、鋭くないため一見役に立たないように見えるが、かつてカスタムナイフメーカーが行ったデモでは0.5x4インチの板材を切る程度のことはできていた。
また、パイロットが携行する(あるいは機内に収納する)サバイバルナイフは、機体から脱出するため軽金属を切る・こじあけるために鋸刃を使用する。
デザインによってはロープを切るなど木を切る以外の目的に特化したデザインのものもある。
いずれの用途にせよ、専用の道具・工具と比較すると劣っているものであり、役立たずと断ずる人も多い。
後の時代になるほどナイフの背に鋸刃を備えた軍採用ナイフは減っている。
なお、鋸刃があると装備や衣類に絡みやすく、戦闘用としては通常のコンバットナイフほど適さないことが多い。

  • 中空ハンドル(ホロウハンドル)

ナイフの強度が落ちるため、1980年代には廃れた*3
軍用ナイフではプラスチックとナイロン製シースが主流となり、何らかの小物をナイフと一緒に携行したい場合はシースに収納するほうが容易だからである。
同時に、ナイフ本体に方位磁針を内蔵するといったことも廃れた。
軍採用のサバイバルナイフの機能のうち、最近でも残っているのは、パイロット用サバイバルナイフでハンドルエンドに風防を破壊するためのデザインを盛り込むことくらいのものだ。


以上のサバイバルナイフの特徴的なスタイルは、軍用ナイフの世界ではほとんど過去のものと言っていい。
現在の軍採用のパイロット用ナイフや銃剣は、ここで紹介したようなサバイバルナイフのスタイルから離れてきている。
鋸刃は、用途によっては生き残っているが、民間市場のもののほうが圧倒的に多い。
それも、「ランボー」という映画によって生まれたイメージがあるからこそ現在これだけ生き残っている。
かつて隆盛を誇ったサバイバルナイフのスタイルは、現在では一本のナイフに多くの機能を詰め込むことを求める趣味人、あるいはデザイン性を重視した人のためのものになっている。
端的にまとめると現在のサバイバルナイフの存在とは以下のようなものだ。

  • ナイフ一本を多目的に使うと想定するなら少しは有用。ただし使いにくい。
  • 武器としては扱いにくい。
  • 現在、軍ではあまりその価値を認められていない。
  • 軍でサバイバルナイフとして使われているのは中型汎用ナイフが主流で、映画のようなナイフは使われなくなっている。


フィクションにおけるサバイバルナイフ

軍用ナイフとして発展したサバイバルナイフは、映画のナイフを通して肥大化したイメージとして一般に普及した。
結果、現実世界でもフィクションの世界でも、「武器としてのナイフ」と言えばサバイバルナイフがイメージされるようになった。
本来は、武器以外の道具としての機能を盛り込んだナイフが武器としてイメージされるとは何とも皮肉な話だ。
こうしたイメージの影響として、フィクション…特にマンガやアニメでは武器としてサバイバルナイフが頻出する。
だが、現実をもっと的確に反映すると、映画のような派手なサバイバルナイフは、「フィクションの影響を受けたチンピラの武器」*4であり、プロの武器ではない*5
逆に言えば戦闘に不慣れなチンピラの武器として持たせると現実味はあるわけだ。
そこまで考慮している例はあまり無いが、そういう描き方もあって良いと思う。

*1:日本の一部の軍オタは、兵士個人がノコギリ状の刃をつけたかのように誤解している人がいるが、そういう話はない。当時複数の国で使用された鋸刃付き銃剣は製造段階でそうなっていた。

*2:画像http://www.lakesidetrader.com/RC.html

*3:ブレードとハンドルを一つの鋼材から削りだしで強度を持たせたホロウハンドルのナイフも存在するが、そういう例は極めて特殊である。

*4:現在ではむしろヤクザや不良のコミュニティや彼らが利用する刃物店の影響が色濃い。しばしば軍用やアウトドア用ではないコピー品、安価なナイフが流通している。

*5:もちろんプロが使うサバイバルナイフというのもあるが、武器としてはあまり使わないし、形状も一般的なサバイバルナイフのイメージとは違うものになっている。