フードファディズムの基本形は変わらない。『食と栄養の文化人類学』

ポール・フィールドハウスの『食と栄養の文化人類学 ヒトはなぜそれを食べるか』(1991年, 中央法規)という本がある。かなり以前に食品会社の図書館での仕事絡みで読んだことがあったのだが、最近食養MLでの投稿集(2)はてなブックマークがついていて改めて思い出した。同書の内容は食物と人間社会、文化の関わりについて解説した本で、原著Food and nutrition : customs and cultureは1986年に出版された。この本では科学的根拠のない健康食、フードファディズムについて、アメリカの初期の研究を元に解説を行っている。
現代日本にも通じるところがあるので、フードファディズムに関する節「信心食と民間食法」に解説を加えて紹介しよう。インチキ栄養学やペテンの健康食品といった問題だけではなく、ニセ医学にも通じるかもしれない。

信心食(cultism)と民間食法(quackery)

同書日本語版ではcultism & quackeryは「信心食と民間食法」と訳されているが、もっと強い意味合いの語だ。cultismはカルト的信仰、quackeryはインチキとでも言ったほうが適切だろう。もちろん食に関する信仰、インチキを指す。「信心食(カルティズム)と民間食法(キャーカリー)」は、第IV章(宗教、信仰ならびに道徳)の中に設けられた節である。直前の節では「マクロビオテクス」についても紹介されており、マクロビのような危険性のある信心食がなぜ受け入れられているかという話を受けて書かれている*1


ここで、アメリカで初めて栄養上のペテンに対する改革運動を起こした人の一人、ニューヨーク血清栄養研究所のVictor Herbertの著述が紹介されている。Victor Herbertは1980年発行のNutrition cultism : facts and fictionsで信心食やニセ医者が実際に行っていることと言っていることのズレを指摘し、ペテンを見分けるポイントを明らかにした。
先に紹介した食養MLの投稿でも引用されていたが、改めて書いておこう。

1. 今まで買おうと思ってもいなかったものを、買ってくるようにいう。
2. 看板だけが大袈裟なニセ専門家、通常なんの意味もない研究所や協会名を用いる。
3. ほとんどの病気は、食事が悪いか間違った食生活によるという。
4. ほとんどの人は栄養不良だという(臨床的に現れない欠乏に対する布石)。
5. 土壌が疲弊して、化学肥料が栄養不良の原因だという。
6. 現代の加工法と貯蔵法が、食物の栄養素をすべて除去しているという。
7. ストレスにさらされていて、ある病気のためにあなたが必要としている栄養素が増加しているという。
8. 有毒な食品添加物や保存料にさらされていてあなたは危険な状態にあるという。
9. 食生活が乱れても、ビタミンまたはビタミン・ミネラルの錠剤を飲めば大丈夫という。
10. 人々みんなにビタミン類か、健康食品またはその両方を摂るようにすすめる。
11. 天然のビタミンは合成のビタミンとは違うという。
12. 短期間で、奇跡的で劇的に回復する治療を約束する。
13 自分の言うことを信用させるため証明書や事例を多用する。
14. 存在もしないビタミンをあなたに与える(パンガメートはビタミンB15であるとか、レトリルはビタミンB17であるとか)
15.「陰謀」があるとかまた論争中であるなどを信じ、自分は迫害され仕事も抑制されようとしているといったり、正統派と論争を続けているとかいう。
16. 法律的に係争中の人。もしある栄養士が弁護士と一緒にいて、意見が合わない人々と争うようならば、その栄養士はおそらくイカサマ食者であろう。

現在の日本のインチキ栄養学、インチキ健康食品にもかなり通用するポイントである。これを元に改訂が加えられたものとしてTwenty-Eight Ways to Spot Quacks and Vitamin Pushersがある。
こうしたインチキを行う流行(ファディズム)について、フィールドハウスは最近のものを3つに分類している。

(1)特定の食物あるいはその成分の効能が、特定の病気を治療するのに有効であると誇張または明示するもの、たとえばニンニク、レシチン
(2)ある食品が有害なので食事から除外するように奨励するもの、たとえば漂白パン、砂糖。
(3)「自然食品」を強調するもの、たとえば有機野菜。

「自然食」を熱心に求めることは19世紀から行われてきたという。こうした初期のファディズムの例として、菜食主義を推奨したシルベスター・グラハムやコーンフレークで有名なケロッグ博士が挙げられている。

なぜ信じるのか

人々は誤った認識を持たされたために流行食の犠牲になることも多い。流行食現象の継続性について、同書では栄養関係者と同じく社会心理学者の研究から主なものを紹介している。


・外観への信心
社会が若さを賛美するため、外見だけでも若さを求めて無数の美容法や健康食を使うように仕向けられている。健康食品店の利用者には老人が多く、それは強壮薬やハーブを使った時代に成長したからだという。古い治療法を用いて現代の病気を治したと言う満足感から幸福感を得られる。また、正しい肉体イメージへの願望も食事法、減量法への熱中に反映されている。


・世間の風潮に従う傾向
食物を皆が知っている扱い方で好意を得ようとすることは、社会への従属の表現と同じとされる。また、ティーンエイジャーは一人立ちの表現や大人の価値観の否定を食事をつかって行う(食事は実験しやすいからであろう)。こうした世間の風潮や十代の行動は、間違った食事法や誤った認識に基づいていることが多い。


・奇怪で無批判な信条と非現実的な約束
偽りが希望を持たせることがある。流行食主義者が提供する最大の商品は「希望」である。様々な健康食はプラシボ効果しかないものであろう。しかし共通的に栄養補助剤には潜在的に好ましくない副作用が出ることが多い。


・疾病や憂鬱症への恐怖
希望と恐怖は貨幣の表裏のようなものである。肉体的、精神的な病、病弱と死への恐れが、我々を安全と安心を願う気楽な大人から、安心と力が欲しい子供じみた状態に戻してしまう。人によっては肉体的な力の減少が健康感の減退と一緒になり、健康を維持しようとして何でも手を出す。気持ちの落ち込みから恐怖と緊張を生じ、不合理で呪術的な考え方になりがちになる。ストレスは容易に肉体的な不快感に変え、人々は健康食品やニセ医学療法に走る。


・医師に対する不信感
健康食品運動は、社会の活性化のひとつの過程、または別種の健康維持システムとも考えられている。これは、治療よりも予防で健康を維持しようということを強調する思想である。医学による治療は、財政的・物質的投入が必要と考えられ、また人々は健康に関する意思決定に参加できずに医師の知識に従わなければならない。そして医師は、科学的であるために患者の感情的な要望を認めないという傾向がある。
それに引き換え信心食やペテンの栄養業者は感情的な要望に対応する。また、病気が軽いうちは医師に相談するなという警告があるため、患者が医師の時間を浪費してはいけないという配慮からイカサマ治療で治そうとする傾向がある。
しかしどんな病状が重いかを一般人がどのようにして知ることができるだろうか。また治療目的でビタミン・ミネラル剤が処方されるのに、一般人が自分の都合で勝手にその種の栄養剤を使うことを専門家が禁じていることも、専門家の信頼性を落としているとされる。


・反体制的な態度
食習慣の価値観は、栄養団体、健康管理団体、食品加工団体等の価値観と矛盾していることがある。加工・包装食品を忌避し有機栽培の食品を選択する人々の信条は、多様なライフスタイルや表現が可能であると感じられた文化的変化の中で発展してきた。彼らの信条は体制側から間違ったものとされるが、同じ価値観の人々同士の連帯は一層強まる。


・感性的充足のニーズ
健康食品は象徴的なもので、健康であるかどうかより心の平和や欲求に従っているという見方もある。ファディズムは一見奇怪だが、実は心理的なニーズに従っているというものである。流行食は自己イメージを作るもの、自己実現の一つであり、現在持っている信条に合わない栄養情報は拒否される(認知的不協和)。


・現代生活の人工性
Herbertは「多くの人々は、より自律的でありたい、科学的でありたい、そして自主的で自由かつ個人の責任で意思決定したいと思っている。しかし栄養信心主義はそれを歪め、それらしい話、欺瞞、偽りの解説で誘導し、ずる賢く利益をあげてきた」と主張する。
現代では、食品加工や食品添加物は不自然で、健康に良くないという指摘や、社会システムに左右されがちな食品産業の製品を避け、家庭菜園を望むような風潮がより受け入れられやすくなっている。
ここに矛盾していることがある。食品の人工性を批判し、添加物を嫌う多くの人々は、同時に多くの栄養補助剤を好んで飲んでいる。


同書ではフードファディズム、インチキな食養法や栄養補助剤について、特にその健康被害や欺瞞、金銭的問題を批判的に紹介しているが、だからと言ってその役割全てを否定しているわけではない。
自然主義的、科学的には価値のないものであっても、何らかの希望を与える側面や社会的側面を無視してはいけないとしている。紹介した部分より後では、正統派の栄養関係者もまた肉体的な健康を強調する流れの犠牲になっているようだとある。
要するに栄養関係者は、「栄養学上の健康」にとらわれていることがあるということだ。そうした傾向にとらわれ、非正統的なやり方でも生じるかもしれない利益を否定すべきではないとある。
これは、信心食や民間食法の問題点やその利用者を批判するのを止めるべきだということではない。現代の健康食品運動は、科学的な事実からだけではなく社会的、精神的な側面からも考えなければならないということである。


この本が書かれたのは1980年代で、今回紹介した部分の引用元である調査研究も1970〜80年頃のものが中心だ。しかし現在になっても通用する主張や視点があり、フードファディズムの問題に興味がある人にはお勧めできる。

*1:同書ではRobson, J.R.K. (1974) Zen macrobiotic problems in infancy. Pediatrics 53:326-329.からマクロビオティックに基づく食事を幼児に与えた際の危険性を説明している。