「遺伝子組換え」と「遺伝子組み換え」は使い分けされているか

 昨日、「遺伝子組換え」と「遺伝子組み換え」の区分について平川秀幸さんによるツイートがあり、はてなブックマークで話題になった。
 はてなブックマーク - Hideyuki Hirakawa on Twitter: "大雑把にいうと、前者は反対運動系、後者は推進サイドの研究者や役所が使う表記ですね。RT @15kmr: あとは、「遺伝子組み換え」なのか、「遺伝子組換え」なのか。厚生労働省の文章は「組換え」だったので、訳はこちらに統一することに。"
 これがどこまで実態に即したものなのか分からないので、調べてみた。

学術用語

 まずは学術用語を調べる。
 http://sciterm.nii.ac.jp/cgi-bin/reference.cgiというものがあり、文部科学省と各種学協会が分野ごとにまとめている専門用語を調べることができる(ただし全分野が検索できるわけではない)。ここに出ていればその領域における標準的な用語だと分かるわけだ。
 ここで「遺伝子組換え」と「遺伝子組み換え」を検索すると遺伝学編(増訂版)と動物学編(増訂版)で「遺伝子組換え」がヒットする。「遺伝子組み換え」はヒットしない。つまり学術用語としてコンセンサスがあるのは「組換え」のほうということになる。
 法律、行政上の用語もこれに統一されており、省庁のWebページの用例からもそれは伺える(など)。
 学術研究、行政においては「遺伝子組換え」が標準であると考えていいだろう。
 ただし、学術研究においても「遺伝子組み換え」が使われていることがある。CiNiiなどで「遺伝子組み換え」をキーワードに検索すると学術雑誌以外の結果も多く含まれているが、学術雑誌や紀要の結果も含まれている。
 CiNii Articles 検索 -  遺伝子組み換え
 この場合、遺伝子組換えに肯定・否定というのとはあまり関係はない。学術研究においても頻繁にこの用語が使われていない領域では、コンセンサスが作られていない、教科書での用例が少ないといったことから用語が参照されず、統一がとられにくいのではないかと推測される。

報道

 報道での用語は、行政や学術研究とはまた異なっている。
 例えば朝日新聞のデータベース聞蔵で昨日調べたところ、「遺伝子組換え」23件、「遺伝子組み換え」3028件という結果となった。両方が混在している記事もある。これには遺伝子組換えへの肯定・否定と関係ない記事も多数含まれている。日経のデータベースを検索しても「遺伝子組み換え」が圧倒的に多い。特に数を確認していないが、CiNiiの結果を見ると一般雑誌の記事においても「遺伝子組み換え」のほうが多いようだ。
 この事から、新聞など報道においては「遺伝子組み換え」が主流であると言える。

書籍

 では、出版物のうち書籍についてはどうなっているだろうか。
 これについては既に先のはてなブックマークで既に調べた例へのリンクがある。どうも目的で使い分けられているというのとは違うようだ。
 私は国会図書館目録のJAPAN MARCで単純にタイトル検索を使って調べてみた。
 すると「遺伝子組換え」91件、「遺伝子組み換え」41件と、「組換え」の表記が多い。これは行政や国立研究機関、科研費研究の文献が結構含まれているからのようだ。念のためより一般書籍が多い図書館流通センターのTRC MARCで調べなおすと「遺伝子組換え」28件、「遺伝子組み換え」48件となった。語を区切って検索すれば結果が増えそうだが、今回はメディアの差を見るのが目的でそこまで厳密に見る必要はないのでここでストップ。
 この検索結果をよく見ると、相対的に「遺伝子組換え」は研究者や行政と関わるものが多く、「遺伝子組み換え」には遺伝子組換え農産物・食品の危険性や問題を訴えるものが多い。平川秀幸さんのツィートは、この辺の状況を反映してのことかもしれない。

要するに

 ここまでの結果をまとめてみよう。
 まず行政では「遺伝子組換え」が使われている。学術論文においても「遺伝子組換え」が標準だが、例外はある。
 一方マスコミでは「遺伝子組み換え」が主流であり、書籍では行政や学術研究から離れると「遺伝子組み換え」が多くなるが、厳密ではない。
 こうした状況は、参考にしている情報源の用法や馴染みやすさといったことから発生しているのではないだろうか。
 主観でしかないが、日本語として馴染みやすいのは「遺伝子組み換え」だという印象がある。そのせいかどうか分からないが、例えば『現代用語の基礎知識 2011』(自由国民社)では、使用されている用語は全て「遺伝子組み換え」であり、法律の名前の紹介でさえ「遺伝子組み換え」が使われていた(これはもちろん間違い)。
 そして遺伝子組換えの反対運動は、行政の文書や学術研究の発表とは異なる情報源の利用、異なるメディアでの発言・出版が多いため、結果的に「遺伝子組み換え」のほうを使うことが多いのではないかと考えられる。