多くの人は、実はロープを使って戦うことを無自覚に知っているが、詳しくは知らない。ちょうどロープ・ファイティングについて書かれた絶版本を入手したので、ロープを使う戦闘技術について解説してみよう。
知らないようで意外と見ているロープ・ファイティング
多くのサスペンス物やアクション物の世界で、ロープあるいはワイヤーやチェーンのような道具は武器として使われてきた。例えば映画「ブラックホーク・ダウン」でも米軍兵士がこっそり敵を始末するのにこの手の道具を用いている。あるいは犯罪を描いた作品でもその手のシーンが出てくる。誰もが一度ならずフィクションの世界で武器としてロープが使われた場面を目にしているはずだ。
フィクションの世界では一方的な絞殺というどこか後ろ暗い部分ばかり登場するが、実際のロープ・ファイティングには相手の攻撃に対する防御や捕縛・制圧を含めた多様な技法が存在する。こうしたロープを使った戦闘にしかるべき武術・格闘技としての技術が存在することは一般に知られていない。
伝統的なロープ・ファイティング
便宜上ロープ・ファイティングと呼んでいるが、実際にはベルトや鎖を使うものもある。また、特に絞殺専門の道具はギャロットと呼ばれている。いずれも柔軟で容易に収納・携行できることが最大の利点であり、そのため往々にして捕縛・拘束や暗殺で使われる。
ロープ・ファイティングのうち、現代の技法とつながりがあるものには次のようなものがある。
・日本の古武術の縄術、鉄鎖
日本の場合、相手を捕縛する早縄術・捕縄術や鉄鎖(万力鎖・鎖分銅)の技術が柔術などの古武術として残っている。鎖分銅というとあの分銅を叩きつける技ばかり注目されがちだが、巻きつける・締める技も多い。万力鎖を使う武術として有名な正木流や初見良昭氏の忍術などはアメリカにも伝わっている。
・フィリピン武術のロープ、チェーン術
フィリピン武術にはロープに代表されるフレキシブル・ウェポンの技法がある(相互に影響がある他の東南アジアの武術にもあるかもしれない)。ただし、必ずしもメジャーではなく、資料も限られている。冒頭で紹介した本はそのフィリピン武術のロープファイティングの本だ。スキャンした画像を紹介しよう。
このように制圧を中心とした護身的な用法を中心に解説している。応用としてベルトやネクタイを使う技術や銃器への対処も紹介されている。
写真だけでは分かりにくいのでフィリピン武術のロープファイティングの動画も出しておこう。
ロープや鎖を使った戦闘技術はこの他の国にもある。現在残っている技法には相手の攻撃に対してロープで捌いたり絡めたりして相手を制圧する護身向けのもののほか、絞殺の技術やロープ・鎖についた武器を使う攻撃的なものも残っている。マイナーな例としては、イタリアのナイフと紐と組み合わせた伝統武術のようなものもある。
現代戦のロープ・ファイティング
現代の戦争におけるロープ・ファイティングは、上で紹介したような伝統を踏まえつつも攻撃的な技が洗練されたものと言っていい。特殊部隊、暗殺、スパイなどを描いた作品に登場する技と同じだ。簡単に言うと、首を絞める技が中心になっている。技の導入や絞め上げる技術も一般に知られていない実戦的なものだ。
こういった技術は、第二次世界大戦中のイギリス特殊作戦執行部SOE (Special Operations Executive)やアメリカ戦略諜報局OSS(Office of Strategic Services)といった特務機関で訓練された。この時代には特殊部隊やスパイのためにW.E.フェアバーンやR.アップルゲートといった著名な軍隊近接戦闘術の指導者によるロープ・ファイティングの技術が指導されている。
その後も工夫を加えて各国で兵士向けの技術としてのロープ・ファイティングは生き続けている。そういった技を解説した資料も存在するし私が教わった技術もあるが、下手に真似をされても困るので具体的な技術の紹介はしない。
最も、ロープ・ファイティングというのは練習も実践も難しいものだ。相手がいない状態で練習しても全く練習にならないし、やり方が悪いと抵抗されて思い通りにいかない。護身的な用法としてもマイナーだが、攻撃的な技術は特殊な実戦に加わる人間以外にはほとんど広まらないままだろう。