とある図書館司書がロシア武術システマを習っているわけ

前から書いていることだが、私はロシア武術システマを学んでいる。
ロシア軍特殊部隊スペツナズの格闘技として知られている格闘技だ。
この特殊部隊云々は、システマのイメージを良くも悪くもしている。ひどい時には殺人術などと紹介されているが、『ザ・殺人術』みたいな殺しのテクニックを教える格闘技というわけではないし、また、力の誇示や破壊、攻撃性を求めるものでもない。
どうしてシステマをやっているのか質問を受けることがある。確かにシステマのような珍しい格闘技を学ぶことに奇異な印象を受ける人もいるだろう。日本でシステマを学べる場所があることさえあまり知られていない現状では尚更だ。
私がシステマを学ぶようになった経緯、経験について、これから格闘技を学びたい人の参考にもなるかもしれないし、自分の記録としても残しておきたいので、まとめてみることにした。
なお、ここで言う「格闘技」は格闘技・武道・武術と呼ばれるものの総称で、伝統的なものから新しいものまで幅広く含めている。

まず前提知識と興味から

格闘技を習おうと思ったのは、仕事が安定してきて体を動かす趣味を一つ作りたいと思ったからだ*1。図書館仕事には肉体労働もあるが、体の使い方が限られている。スポーツではなく格闘技を選んだのは好みの問題だ。
以前から私は幅広く格闘技関係の本を読む程度にはマニアだったので、知的好奇心があった。
一応一般的なスポーツも検討したが、学校体育の成績が悪く、運動全般が苦手なのであまり真剣には考えなかった。格闘技というと運動神経が悪いとどうしようもないように思う人もいるかもしれないが、実際には何をやるかによって全然違う。学校体育よりもその辺をフォローする練習体系がしっかりしていて、ちゃんと習得できるようになっているものもある。*2
以上のような前提に加え、もう一つの趣味であるナイフに関わりがあるものが望ましかった。
私がナイフマニアになった理由は、いずれ書くと思うが、もともとはアウトドア目的だ。しかしナイフの情報を求めて海外のサイトを見ると、ナイフを扱うフォーラム等では格闘技の話題も盛んだ。そこでナイフを使う格闘技やそれに関わるナイフ・デザインの知識も自然と覚え、興味があった。私がシステマについて知ったのもそうした海外のフォーラムである。しかしナイフを使う格闘技となるとかなり選択肢が限定されてしまうので、この点は必須とまでは考えていなかった。

格闘技を体験・見学に行く

格闘技の知識はあっても結局のところ実際に道場なりジムなりに行かないと何をやっているかはわからない。
限られた時間の見学・体験でその格闘技がどこまで理解できるかというと怪しいが、雰囲気や人間関係といったものはある程度把握できる。同じ団体とか流派であっても指導者・練習場所によって雰囲気や教える内容が変わることもある。とにかく体験は重要だ。
まずインターネット検索やインターネットで道場を見つけよう | Homeなどで自宅や勤務先から通える範囲の様々な格闘技について調べ、体験や見学に行ってみた。
ポイントは、「その格闘技の練習を生活の一部として組み込めるかどうか」である。
練習場所に通うことはもちろん、自分の時間に練習できそうか、その格闘技のイベント(合宿、大会、セミナー等)に参加できるかといった要素も考える必要がある。
そして技術に対する関心、人間関係、時間、体力、生活との折り合い、その他もろもろの要素について、継続できそうかどうかを考えた。5年・10年と言わず、できれば一生続けられればいい。それを判断するにはまず1年は続けられるものがいい、というのが当時の私の考え方だった。1年続くようなら3年くらいは続けられるだろう。それまでの間の自分の向上具合やその格闘技に対する認識でその後のことを考えよう、という漠然とした長期計画を想定していた。
こうした考えで近隣で学べる格闘技について調べ、体験・見学していった中で最も自分に合っていると思ったのがシステマである。

ステマの魅力

練習を始めた当初に感じた魅力をまとめてみる。

・練習方法

ステマの練習は、当初の印象では比較的始めやすいハードルの低さがあるのに奥行きが深いといった感じを覚えた。
ステマのクラス一回は約2時間(これは場所やクラスによって若干違う。また、特別クラスやセミナーでは長くなる)。1回のクラスは短い様々な練習の組み合わせで構成されている。型はなく、といってスパーリング重視でもなく、システマの本質につながる様々な動きや感覚の練習を通じてシステマの呼吸法や身体操作、心理的な要素を身につけていく。毎回インストラクターが想定したテーマに合わせて構成されており、全く同じクラス内容を何度も繰り返すことはない。
型重視の格闘技では指導者の動きを自分に置き換えて再現できなければならないが、これは私にはかなり最初のハードルが高い。体験でいくつかやってみてわかったことだが、私の運動能力は他人の真似をするにはとことん向いていないようだ。一方、システマでは基礎的な動きは簡単な動きから出来ており、始めたばかりの私でも何一つできないということはなく、できる部分とできない部分が自覚しやすかった(実際には基礎の練習には基礎の難しさがあって、それは追い追い理解していくことになる)。
ゆるやかな動きが多く、適切なリラックス・脱力が要求され、自他の意識・心理的な側面も重視される。そして自分が今まで知らなかった身体の使い方を知るというのは新鮮でもあった。例えれば泳ぎ方とか自転車のこぎ方を身につけるような、全く未知の新しいことができるようになる体験である。練習を始めたばかりの頃はできないことが多かったが、気長にやるつもりだったのでむしろ先行きが楽しみだった。

・人間関係・雰囲気

ステマの人間関係は、格闘技の中では厳しくない部類に入る。
何しろ創始者のミカエル・リャブコ師やヴラディミア・ヴァシリエフ師について日本のインストラクターはそれぞれ「ミカエル」「ブラッド」と呼ぶほどで、インストラクターや練習相手に対する敬意は払われるが、形式的に堅苦しいところはほとんどない。システマの練習者が日本のインストラクターを呼ぶ際もほとんど「〜さん」だ。練習途中の給水も断りがいらないし、練習の服装も決まりはない。
インストラクターによって少し違いがあるが、序列と礼儀作法に厳しい一部の武術流派と比べればシステマはかなり緩やかだと言っていいだろう。
ステマのインストラクターや練習者の格闘技経験は様々で、何の格闘技経験もない人からいくつもの格闘技を学んできた人まで幅広い。

・武器

ステマではいくつかの武器を練習に使う。
ナイフ、スティック(杖)、シャベル、ナガイカ(コサック・ウィップ)、シャシュカ(コサック・サーベル)などがある。このうち一番使用頻度が高いのはナイフで、通常はアルミ製のトレーニング・ナイフを使う。
武器を使う技の形を覚えるのではなく武器を使うことによって練習できる身体操作や精神面に関わる練習が多い。他の武術とは違ったアプローチでこの種の武器の扱いが分かる点が面白い。

セミナー

日本のインストラクターや長年練習している人はロシア・モスクワやカナダ・トロントなどの海外のシステマセミナーやクラスに参加している。しかし海外に行かないにしても日本でも海外のシステマ・インストラクターを招いたセミナーが年に数回開催される(国内インストラクターのセミナーもある)。YouTubeのシステマの動画の多くはこうした各国のセミナーのデモンストレーションを撮影したものだ。
今回具体的な動きについての説明はしないので、システマでどのような動きをするかを見たい人は以下の記事で紹介した動画を参照してほしい。
システマを知らない人にシステマを紹介するための動画
ステマセミナーの多くは2〜3日間、午前中から夕方までかけて行われ、通常のクラスよりもデモンストレーションが長く、練習も時間をかけたものが行われる。達人の動きを目の当たりにし、直接話を聞くことができる。そして(毎回ではないが)直接教えてもらえることもある。練習として有意義であるというだけでなく、「達人は何ができるのか」ということに興味がある人間にはありがたい時間だ。
私はシステマを習い始めて2ヶ月程の時に海外インストラクターのセミナーに初参加したが、そこで普段のクラス以上にシステマの奥深さを知ることができた。自分が現在できることもできないこともそれで完結した問題ではなく追求し続ける必要があるということがよく理解できたので、その後継続することができたのだと思っている。

その後の継続

ステマ団体の会員になり、練習を開始してからの話も少し書いておこう。
実際にシステマのクラスに参加するようになってから、最初は週1〜2回の練習も大変だった。
何しろシステマの練習で求められる動きができない。自分の身体であるのにちゃんと認識・コントロールができておらず、特に無意識に力が入って適切な脱力ができないことが厄介だった。このため当初考えていた一年経ってもあまり上達したとは思えなかった。しかし上述したような意識もあって継続すること自体は苦にならなかったので、その後も続けることはできた。
少しは脱力できるようになって上達を自覚するには一年と三ヶ月ほどかかっている。それは練習で順調に上達したというわけではなく、あるトラブルが原因になっている。ある時、私は肩を強く打って2ヶ月余り痛むことがあった。治るまでの間、練習で肩に力が入ると痛みが強く出て、否応なく自分の力み具合を認識することになったのだ。そこから、痛みが出ないように動くことで脱力しての動きを理解するようになった。その後、肩が治ってからもその時覚えた動きや感覚は身についていて、システマの練習でできることが一気に増えていった。しかしこんな経験をせずともシステマの練習は必要な感覚を得られるように構成されているので、私より運動神経が良い多くの人はもっと滞りなく上達できると思う。
その後3年はとうに過ぎ、最初と比べてできることも分かることも増えたが、まだまだシステマの奥は深い。その面白さと凄さをうまく伝えきれないのが、学校体育の成績が悪かった人間でも楽しみ、向上することができる格闘技の一つとしての認識が少しでも広まってくれれば幸いだ。


今回全く説明できなかったシステマの心得、精神的な側面については、Twitterにシステマの達人の言葉を元にしたbot(日本語)がある。
SYSTEMA MASTER bot (@SYSTEMAbot) | Twitter
私が説明するよりこれを読んでもらったほうが理解されるのではないかと思う。

実際に参加するには

ステマ・ジャパンのWebサイトに日本国内の団体・トレーニンググループの紹介があるので、体験や練習への参加を希望する人はそちらを見てほしい。
Other Groups - システマジャパン -

*1:しかしその後転職しているので、後から考えるとそれほど安定はしていなかった。

*2:実際にはスポーツでもちゃんとした理論に則ってトレーニングをすれば運動神経が悪い人でも向上すると思われる。しかし社会人向けにそういう指導を実践している場についての情報を持っていなかった。何より興味があるスポーツがないというのが大きい。