隆慶一郎作品の柳生新次郎巌勝

 隆慶一郎の小説には何人もの柳生が登場する。頻度で言えば宗矩が一番だろう。その悪党っぷりと微妙な小物っぷりが見事な、他に替えの効かない柳生である。腹黒柳生の完成形がここにある。山口貴由シグルイ』において岩本虎眼を計略にはめた宗矩も隆慶一郎の柳生がなければ存在しえなかったのではないか。
 このように印象が強い宗矩だが、私が最も好きな柳生は宗矩ではない。新次郎巌勝だ。『かくれさと苦界行』では宗矩がどうしても勝てなかった記憶と服部京之介を鍛えたという短い事しか語られない。『柳生刺客状』では直接戦う場面はないが、兵介(兵庫助利厳)に語る場面や、宗矩を恐怖させる場面が味わい深い。そして『柳生非情剣』中の「跛行の剣」で語られる過去とその後。隆慶一郎読者は、これらの作品を通して柳生新次郎の凄惨な記憶とそれを受け入れた彼の強さを知ってしまうのである。こうなると新次郎の強さは、読者にとって既定の事実となる。
 付け加えると『捨て童子 松平忠輝』では大久保長安の下で働くひょっとこ斎の師を石舟斎としているが、これは間違いである。真実は、新次郎が教えたのだ。ひょっとこ斎の長大な剣、身体の欠陥を武器に転じる発想が新次郎の剣技から来たものではあることは明らかである。*1

*1:隆慶一郎的断定