"クライマー事件の概要(2) - 火薬と鋼"→
地裁判決が出るまでにモリスタウン図書館側は、ホームレスの人権問題ではなく、一利用者の行動の問題であると主張した。一方、クライマー側は憲法上の人権の問題、ホームレスの差別の問題とした。現代日本の図書館とホームレスの問題でも同様のコメントをする人が何人もいる。しかしそれは議論の始まりの一つであって、終わりではない。この二つの峻別によって議論の余地がないとしている人は、実は18年前の出発点にようやく立ったに過ぎないのである。
連邦地方裁判所判決(第一審 サローキン判決)
図書館の申し立てにより、この裁判は事実関係を争うものではなく、図書館の当該規則の法的効力、特に修正第1条*1から見て合憲であるかどうかを巡る争いとなった。これにより、裁判でクライマーの行動は扱われておらず、判決を構成する要素にもなっていない。普通の事件を追った記事や書籍と異なり、クライマー事件に関して判決以外の情報が極端に少ないのはそのためである。
まず連邦地裁ではサローキン(H. Lee Sarokin)裁判官は1991年5月22日、図書館の1、5、9の規則は過度に曖昧で憲法違反であるとの判決を下した。判決の内容は以下のような流れである。
- 公共図書館の意義:
民主主義社会の偉大な象徴であり、修正第1条を体現する。
- 規則について:
図書館が本来の目的で利用されるために利用者行動規則を定めることは認められるが、制限事項は特定的・必然的・結果の中立といった条件が必要。
- 規則と修正第1条の関係:
修正第1条は思想を受け取る権利を守る。読書資料を制限する規則は修正第1条の管轄内である。
- パブリックフォーラム:
公共図書館の設置目的・利用法において制限的パブリックフォーラムである。そして図書館は思想のためのパブリックフォーラムであり、単に制限的パブリックフォーラムではなく、本質的、伝統的パブリックフォーラムである*2。
- 憲法違反か否か:
モリスタウン図書館の利用者行為規則は「過度の広範性」「明確性」に照らして憲法違反である。他の利用者を悩ます・不快といった基準は曖昧で執行者の裁量にまかせられる部分が大きい。1,5,9の規則*3は時間、場所、態様を狭く定めていないため憲法違反であり、無効である。
もっと単純化すると
「公共図書館は思想・表現の自由を守る修正第1条を体現する。利用者行動規則は図書館で情報を受け取る権利を制限するもので修正第1条の管轄の問題である」
「公共図書館は修正第1条を行使するという本質的な意味で伝統的パブリックフォーラムであり、制限は狭いものでなければならない」
「モリスタウン図書館の1,5,9の規則は曖昧・広範で、伝統的パブリックフォーラムの規制として憲法違反である」
以上のようになる。
こうして原告クライマーは勝訴したが、モリスタウン図書館はこれを不服として1991年8月12日、フィラデルフィアの第3巡回区連邦裁判所に控訴した。
この段階で既に図書館界の反応はあったが、それは後に紹介する。
→"クライマー事件の概要(4) - 火薬と鋼"