漫画の中のロシア武術システマ 第3回『TOUGH (タフ)』

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マイナーな格闘技というのは出てくる漫画も限られている。格闘技漫画であっても出てくるのは一般に知られた格闘技が中心である。今回はそんな格闘技漫画の中で珍しくシステマが登場した例。
第3回は『TOUGH (タフ)』(猿渡哲也集英社)について書いてみる。

TOUGH 20 (ヤングジャンプコミックス)

TOUGH 20 (ヤングジャンプコミックス)


ステマが登場するまでの『タフ』の話の流れ

『TOUGH (タフ)』(以下『タフ』)は『週刊ヤングジャンプ』で2003年35号より2012年34号まで連載された漫画だ。『高校鉄拳伝タフ』(1993〜2003年、全42巻)の続編であり、登場人物、物語はそのままつながっている。実戦的な古武術・灘神影流活殺術の継承者の家に生まれた主人公・宮沢熹一(みやざわ・きいち)が、最強をめざし、父・宮沢静虎(みやざわ・せいこ)の教えを守りつつ、数多くの格闘家と戦うというストーリーだ。
この漫画は設定が切り替えられたり伏線が生かされなかったりと、長期連載ならではの苦しさを抱えつつ、その時々で実在の格闘技や格闘家を参考にしながらストーリーが進んでいく。
ステマが登場するのは単行本20巻。ハイパーバトルトーナメントという大会で熹一と静虎の親子が戦う試合の回想シーンだ。回想シーンと言っても話は長く、単行本19巻後半から20巻に渡る。この回想で重要な役割を果たすのは、それまでも何度も『高校鉄拳伝タフ』に登場しているプロレスラー・アイアン木場だ。若き日のアイアン木場は、虚栄心を満たすために灘神影流の宮沢静虎に勝負を挑むが、相手にされない。そんな中、プロレス興行の支援者である大物ヤクザ塙団十郎といさかいになった木場は、そのヤクザがかくまっていた元特殊部隊の脱走兵ミハイル・ミロコビッチと戦うことになる。

ステマ対プロレス

アイアン木場はこれまで何度も登場し、その強さを示してきた。それに対し、ミハイルは回想だけに登場するぽっと出のキャラクターである。また、ミハイルは威圧感のある容貌にプロレスラーにも負けないほどの体格の持ち主だが左腕がない。しかしここでミハイルは尋常ではない強さを見せる。


ミハイルは顔面を打ってきた木場のパンチを受け流し、逆に一撃で木場をノックアウトする。


猿渡哲也(2008)『TOUGH (タフ)』20巻(集英社)より

なすすべもなく倒された木場は、意識を取り戻してからミハイルが帰国できるようにロシア高官に取り計らうと言って油断させて逆襲するも、ミハイルを追い詰めることはできず、投げ飛ばされる。


猿渡哲也(2008)『TOUGH (タフ)』20巻(集英社)より

逆に追い詰められた木場は、静虎を倒せばロシアに帰国できるようにしてやるとミハイルに約束し、この場をしのいだ。

ステマ対灘神影流

木場は、パンチを受け流したシステマの技と灘神影流の「弾丸(たま)すべり」が同じ技術だと考え、それぞれの技術に興味をひかれる。普段は戦いを避ける宮沢静虎も灘神影流と同じシステマの技術を確かめたくなるはずだと木場は予想する。
戦いを仕掛けるミハイルに対し、当初は戦いを避けようとする静虎。だが結局静虎は木場の思惑通り、ミハイルと勝負することになった。当時4歳の熹一がこの勝負の立会人として見守る。



猿渡哲也(2008)『TOUGH (タフ)』20巻(集英社)より

互いに似た技術に驚く場面がある。『タフ』の世界では、アイアン木場・宮沢静虎、そしてミハイルの3人がシステマと灘神影流は同様の技術であると認識したことになる。これまでの本編の灘神影流を知っていると、灘神影流とシステマが似ているというのは無理があるように思えるが、とにかくそういうことになった。


猿渡哲也(2008)『TOUGH (タフ)』20巻(集英社)より

類似した技術を持つ二人の強さは互角に見えたが、システマの打撃=ストライクが静虎をとらえる。この場面に限らず、システマの動きはぐにゃぐにゃとした身体で表現されている。


猿渡哲也(2008)『TOUGH (タフ)』20巻(集英社)より

重く深く体の深奥にまで届くシステマのストライクによりダウンした静虎だったが、システマと同じような身体操作を行って再び戦う力を見せる。二人の体が同じように歪んで描かれているのは、同様の技術を使っていることを示しているため。
下の場面ではミハイルがボクシングのウィービングのように左右に大きく体を揺らしているように見えるが、現実のシステマで攻撃の前にウィービングをすることはないと思う。本当のところこれで作者が何を表現したかったのかはよく分からない。



猿渡哲也(2008)『TOUGH (タフ)』20巻(集英社)より

ここで静虎が放った灘神影流の「菩薩拳」によりミハイルは完全に倒れ、静虎の勝ちとなった。


その時突如、近くに積み上げられていたドラム缶が崩れ落ち、倒れたミハイルにぶつかった。現れたのはアイアン木場と塙団十郎率いるヤクザ達。彼らはミハイルを追うロシアン・マフィアに引き渡すためミハイルを回収に来たのだ。
倒れているミハイルをいたぶろうとする木場だったが、今度も逆襲される。何という小物っぷり。


猿渡哲也(2008)『TOUGH (タフ)』20巻(集英社)より

立ち上がったミハイルのストライクを顔面に受けた衝撃で木場は左目(視神経)に損傷を受ける。


猿渡哲也(2008)『TOUGH (タフ)』20巻(集英社)より

木場を退けるも、ミハイルのダメージは軽くはない。静虎はミハイルをかばい、武装したヤクザ達を全て倒すと、残った塙に土下座し、ミハイルを見逃すように頼む。塙はその右腕と引き換えならいいと条件を出し、躊躇なく静虎は右腕を差し出した。武道家でもある塙は杖に仕込んでいた刀でその腕を切り落とそうとするが、筋肉で刃が止まり、切り落とすことはできない。静虎の強さと心意気に感服した塙はミハイルを追うマフィアについてうまく取り計らうことを約束し、静虎への賞賛を熹一に伝えるのであった。
この過去の体験が、父・静虎にあこがれる熹一、いつか成長した熹一に倒されることを願う静虎、灘神影流に執着するアイアン木場という3人の運命を決定づけた。

打撃と体術に重点を置いた描写と影響

これまでシステマが登場した漫画同様、『タフ』のシステマはかなりの強さを見せている。これまでの漫画との違いは、打撃と打撃への防御にかなり重点が置かれているところだ。この漫画でも「ロシアの合気道」と言われ、戦いで投げ技もしっかり登場しているが、それより打撃のシーンが多い。
特にシステマの防御の扱いはかなり大きい。灘神影流の「弾丸すべり」と同じとされたのは本編にとって大きな転機と言える。それ以前のエピソードに登場した「弾丸すべり」は無数の矢を回避する際の技で、打撃を受け流すというより飛び道具に対処する技だったからだ。この一連の話を機に「弾丸すべり」は打撃を受け流す技としてよく使われるようになった。こうした影響やシステマの強さ、使い手であるミハイルの人格含め、回想シーンだけのキャラクターと格闘技としてはかなり優遇されていると言っていいだろう。
一方、軟体かと思わせるようなぐにゃぐにゃとした身体の表現は、現実のシステマとは違うイメージをまたしても広めてしまったのではないかと思われる。


次回は『ツマヌダ格闘街』(上山道郎少年画報社)と『嘘喰い』(迫稔雄集英社)を紹介する。
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