今日は魚戸おさむ画 東周斎雅楽・原作『イリヤッド 〜入矢堂見聞録〜』について書いておく。
このマンガの原作者・東周斎雅楽は長崎尚志のペンネームの一つである。長崎尚志は『MASTERキートン』の脚本に関わった人であり、そしてシステマが登場する漫画『ディアスポリス 異邦警察』の脚本のリチャード・ウーでもある。
長崎氏が脚本を担当した漫画ではしばしば日本の書籍・雑誌から得た格闘技やナイフ、武器の知識を作品に取り入れており、この漫画にも当時話題になったナイフが登場している。
ナイフ格闘ネタが好きな私としては、前から紹介する予定だった。
ここからは部分的なネタバレがあるので注意してほしい。引用している画像に記した引用元巻数は文庫本ではなく最初のコミックスの巻数だ。
- 作者: 東周斎雅楽,魚戸おさむ
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2013/02/15
- メディア: 文庫
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『イリヤッド 〜入矢堂見聞録〜』は2002年から2007年までビッグコミックオリジナルで連載された。
元考古学者で失態によって学界を追われ、現在は古道具屋を営む入矢修造が主人公の歴史サスペンス漫画だ。
入矢は縁のある実業家からの依頼で世界中の伝承や遺跡を探り、アトランティスの謎を追うことになる。彼と彼の仲間はアトランティスの謎を隠そうとする組織「山の老人」の暗殺者に襲われつつも、秘密に近づいていく。
主人公やその周辺の人物模様は歴史、挫折、夢、家族など様々な側面で描かれており、『MASTERキートン』に通じるところがある。
本作では何人かナイフを使う登場人物が出てくる。
中でもアトランティスの謎を独自に追う実業家カトリーヌ・クロジエの暗殺者ペーテルが最も印象深い。
常に薄く笑みを浮かべながらもその言行は冷酷で、特殊なナイフを使いこなす。
下は「ナイフが拳銃より速いことを知らないのか?」と銃を持った相手を切る場面。
ペーテルが使うのは作中でも説明があるラスィー・ザボのナイフだ。
ラスィー・ザボはクセの強いナイフをデザインする人物で、この漫画が連載する少し前から雑誌『ナイフマガジン』で紹介され、日本で知られるようになっていた。
漫画に登場したモデルはKERUUKという。
私も漫画に登場したのと同型のナイフを持っている。
(厳密に見比べると 漫画とはブレードに違いがある)
見てのとおりこれはかなり大きなナイフで、漫画のように袖に隠しておくのは不可能だ。
漫画の絵を見ても無理があることは明白だが、その後もこのように袖から出すシーンがある。ペーテルはこのナイフのみを武器として多数の人間を始末している。
ナイフを使う登場人物の一人に主人公達のボディガードを務めるハンス・デメルがいる。
デメルはオーストリアの探偵で、元対テロ部隊の隊員でもある。作中銃を含め様々な武器を使うが、ペーテルとの対決を予期してナイフのトレーニングをする場面がある。
鏡に放射状に線を引き、それに沿って斬る練習をしている。
これは以前紹介した映画『殺しのアーティスト』(1991年アメリカ)を元にしていると思われる。
漫画の中でペーテルはデメルの技術について「基本はブラジルのナイフ術か?」と言っているが、この練習方法はブラジルのものではない。『殺しのアーティスト』の舞台がブラジルだから、そうした扱いになったのだろう。
デメルが使っているナイフはマントラック。ストライダー・ナイフの製品で、これも当時は『ナイフマガジン』等で話題になったナイフだ。米軍特殊部隊御用達というのも当時の売り文句と言っていい。
注意点として、実物はこのコマのナイフほど小さくはない。
なお、この頃(2000年代初頭)はマントラックを登場させた漫画が複数あり、天沼俊『戦海の剣』や竿尾悟『迷彩君』に登場している。
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この後のストーリーでペーテルとデメルは実際にナイフで戦うことになる。
戦いでは互いに傷つきながらも次第にペーテルが有利になるのだが、例えば下のページの攻防でどちらが有利か技術的な理由が分かるだろうか。
ここに引用しなかったページも含め、主に表情や台詞、息遣いでしか優位が分からない。
このページ以外の台詞からペーテルのほうが技術で上回っているようだが、技術の差はなかなかアクションとしては描写しにくいということだろう。
この戦いの後、ナイフが登場する場面はあっても一方的な殺人や脅しで、ナイフ格闘らしい描写はなくなる。
しかしナイフ以外にも色々と見るべき点がある漫画で、アクションもナイフに限らず工夫がされている漫画である。