武術と天狗と猫『天狗芸術論・猫の妙術』

天狗芸術論・猫の妙術 全訳注 (講談社学術文庫)

天狗芸術論・猫の妙術 全訳注 (講談社学術文庫)

『天狗芸術論』『猫の妙術』は、どちらも剣術の理念、精神面について物語の中の談話に仮託して説いたもので、老荘思想や仏教思想など当時の思想的背景が伺える本。
発売されてすぐに読んだのだが、昨日話題にしたことだし改めて書いておく。
『天狗芸術論』も『猫の妙術』は長らく一部の人にしか知られておらず、手軽に入手できるものではなかったのだが、今年2月に講談社学術文庫から出版された。これまで武術書などで『猫の妙術』のほうが言及されることが多く、有名だ。漫画の『銃夢Last Order』でも言及されているから、そちらで知った人もいるかもしれない。
同書で説かれている内容は、剣術の精神面について書かれた本を読んだことがある人なら既知の事柄が多いと思う。『猫の妙術』で『荘子』の「木鶏」の話があるように、あの辺の理想像のイメージは大体似通ったものになる。
鼠が強くて並の猫で対処できないとか他所の猫を借りるとかいったストーリーは、実話として江戸時代の随筆で語られる逸話と近いので、実際そのようなことがあったのだろうと思う。
この本、江戸時代の剣術…というより剣術修行者の理想的な精神のあり方につい知りたい場合に一度は読んでおいたほうが良い本。

「ニセ医学」に騙されないために

「ニセ医学」に騙されないために   危険な反医療論や治療法、健康法から身を守る!

「ニセ医学」に騙されないために 危険な反医療論や治療法、健康法から身を守る!

NATROMの日記でおなじみのNATROMさんが本を出した。
NATROMさんについては、はてなダイアリーで日記を開設する以前、「進化論と創造論〜科学と疑似科学の違い〜」で進化論を解説し、創造論を批判していた頃から知っている。
まだネットに疑似科学に対する懐疑論を扱ったサイトが少なかった頃だから、あの当時その種の問題に興味がある人は皆見ていたのではないかと思う。
その後、NATROMさんのはてなダイアリーでは職業上の知識と経験を踏まえて次第に医学・医療関係の話題が増えていったが、今回の本はそうした記事を反映した内容だ。
同書で扱われている内容は多岐に渡るので、目次を引用する。

目 次
はじめに        
COLUMN 医療以外のものを試したくなる気持ち 
第1章 代替医療編      
[薬]
 日本人は薬漬け?       
 万能薬は存在する?      
 ステロイドは悪魔の薬?    
[がん]
 がんは治療するな?      
 抗がん剤は毒にしかならない? 
 麻薬系の鎮痛剤は体に悪い?  
[ワクチン]
 ワクチンは有害?       
 HPVワクチンは効果が薄い? 
[出産]
 病院での出産は不自然?    
 自然分娩だけが素晴らしい?  
COLUMN 標準医療は心の働きを重視している 
第2章 代替医療
[伝統療法]
 ホメオパシーは安全?     
 瀉血デトックスできる?   
 放射線ホルシミス効果は万能? 
[エネルギー療法]
 NAETでアレルギーが治る? 
 Oリングテストは科学的?   
 気功で、がんが消える?    
[独自療法]
 がんに炭酸水素ナトリウムが効く?
 千島学説の治療でなんでも治る?  
 難病治療のカギはソチマッド?  
[その他]
 クリニックで幹細胞療法が可能? 
COLUMN 健康食品が治療に与える影響  
第3章 健康法編
[食]
 水で体が変わる?        
 健康によい特別な食品がある?  
 がんに食事療法は有効?     
 血液型ダイエットがよい?     
 米のとぎ汁乳酸菌で健康に?   
[健康食品]
 酵素を補うべきか?         
 健康食品は安全?        
[健康グッズ]
 抗酸化で老化を防げる?     
 健康グッズに効果はある?    
[その他]
 タバコでは肺がんにならない?   
解説  片瀬久美子

この本では、日本で比較的良く知られているインチキ医学を解説し、その主張や効果の問題点を解き明かしている。この中の一つも知らないという人はまずいないのではないだろうか。
この本の意義は、ニセの医学に対するカウンターとなることだ。
現在、医学関係の本としてはインチキのほうが目立っている。患者向けなどで専門的な医学知識を分かりやすく解説している本はあるが、インチキの否定をしている本となると数少ないのだ。
また、医師としての経験を踏まえた内容になっていることも見逃せない側面だ。どのようにしてインチキを信じてしまうか、医師-患者・家族の関係の中でのやり取りを前提とした話が盛り込まれている点も意義があると思う。ニセ医学が信じられる状況やインチキ否定の拒絶/受容といった文脈の理解も重要だ。
大学図書館職員としては、この種の本が医学の書架に少ないという問題を抱えがちなので、この本が出版されたこと自体ありがたい。あまり知られていないことだがコ・メディカルを目指す学生には、自分が学んでいる標準医療を否定する言説をあっさり信じてしまう人がいる。これは「その主張はどのように確かめられたか」といった根本的な部分を問う姿勢が身についていないことによって起きる(心理的な側面もあるし、他の原因も考えられる)。
図書館では、単に標準医療の本とインチキ医療の本を並べているだけで情報の多様性が確保されるというほど単純ではない。両者の差異、問題について分かりやすく解き明かす資料も必要なのだ。NATROMさんの今回の著作は、そうした役割を果たす資料の一つだと言える。

脳の中の身体地図

脳の中の身体地図―ボディ・マップのおかげで、たいていのことがうまくいくわけ

脳の中の身体地図―ボディ・マップのおかげで、たいていのことがうまくいくわけ

ロシア武術システマの関係で数年ぶりに読み直した。
この本は、脳が身体やそれを取り巻く空間をどう認識し、処理しているかについて解説した本だ。
人の身体をとりまく空間をペリパーソナル・スペース(身体近接空間)と呼ぶ。人は自分の体をマッピングするボディ・マップでこの空間をマッピングし、位置関係だけでなく空間内の行為遂行能力も計画する。道具を持てばその道具の分ペリパーソナル・スペースに組み込まれる。例えば車に乗って車高ぎりぎりのゲートをくぐる時には車の屋根を自分の頭皮のように感じ、時に頭を下げてしまう。
同書ではこのペリパーソナル・スペースやボディ・マップに関する様々な知識が登場する。武術についての言及もある。

太極拳という武術は、自分のペリパーソナル・スペースを探る優雅で洗練された方法だ。
(中略)
太極拳ジャーナル』誌の編集長バーバラ・デイヴィスによると、ペリパーソナル・スペースの境界の認識を誤っている生徒がいるそうだ。自分の空間を頑なに保持しようとしすぎる者もいれば、あまりにあっさりと“降参して、踏みつけにされている”者もいると言う。太極拳はもちろん、どんな武術を学ぶにも、自分の身体と、身体とペリパーソナル・スペースとの関係を確保することが必要だとデイヴィスは言う。


サンドラ ブレイクスリー, マシュー ブレイクスリー『脳の中の身体地図 : ボディ・マップのおかげで、たいていのことがうまくいくわけ』「7章 身体を包むシャボン玉」(p208)より

この本で扱われている内容のいくつかはシステマの技術にかなり関わる話だ。システマの練習のコアな部分はこのペリパーソナル・スペースの認識や扱いについての練習と考えられる。また、システマのアンコンタクト・ワークとか、コンフォートといった説明に関わりそうな話も同書には出てくる。
しかし同書で紹介されているのはまだ研究途上の話もあるので、理解の参考にしておく、といった程度に留めておくのが無難だろう。

結局どれがわかればいいんだ。

英語は副詞だ!―副詞を使いこなせば表現も広がる! (アスカカルチャー)

英語は副詞だ!―副詞を使いこなせば表現も広がる! (アスカカルチャー)

英語は冠詞だ―冠詞がわかれば、英語が楽しくなる!!

英語は冠詞だ―冠詞がわかれば、英語が楽しくなる!!

すごい!  英語は前置詞だ! (アスカカルチャー)

すごい! 英語は前置詞だ! (アスカカルチャー)

前置詞がわかれば英語がわかる

前置詞がわかれば英語がわかる

冠詞と基本動詞がわかれば英語がわかる

冠詞と基本動詞がわかれば英語がわかる

動詞がわかれば英語がわかる[改訂新版]

動詞がわかれば英語がわかる[改訂新版]

“it(イット)

“it(イット)"がわかれば英語がわかる See It,and You'll See English (光文社ペーパーバックス)

この手のタイトルの本多すぎ。
ここに紹介していないものもある。
そんな類書の中、タイトルで最も無茶をしているのは下の本。
日本語がわかれば英語はできる

日本語がわかれば英語はできる


幕末の剣術修行者の実像が伺える『剣術修行の旅日記』

時代小説などのフィクションでは、武者修行で他流の道場を廻る武士というと、名誉をかけた真剣勝負を行うような印象がある。しかし、実際の修行者の姿はそれほど殺伐としたものではなかったようだ。
『剣術修行の旅日記 佐賀藩葉隠武士の「諸国廻歴日録」を読む』は幕末の剣術修行者の日記を基に、当時の武士の生活や剣術稽古の解説を織り交ぜて剣術修行者の姿を明らかにした本だ。そこにある剣術修行は、和やかな交流が多くスポーツのようだ。
同書の元になった『諸国廻歴日録』を書いたのは佐賀藩士牟田文之助。牟田文之助は23歳で鉄人流という二刀流の免許皆伝を授けられた剣士である。嘉永六年(1853)に24歳の文之助は藩から許可を得て、2年間にわたる武者修行の旅に出た。『諸国廻歴日録』はその旅の様子、諸国の道場との稽古や交流について記録した日記である。
本書では日記から数多くの試合の様子が紹介されているが、試合といっても何人も同時に行う一種の稽古のことで、審判役を置いての勝負といった様子のものはない。だから勝ち負けは「八二で自分が勝っていた」といった脳内判断になっている。他流の修行者に対する態度もまちまちで、文之助の二刀に興味を持って稽古を申し込むものや逆に避けるものなど実に多彩だ。中には米屋の息子で評判を聞いて稽古を申し込んでくるものもおり、当時の剣術が武士だけのものではなかったことが分かる。
文之助が修行に出た時代は江戸の三大道場―千葉周作玄武館斎藤弥九郎練兵館桃井春蔵士学館―が盛んで、その各道場での試合や評価がある点も面白い。もちろん有名な直心影流の男谷精一郎(当時57歳)とも立ち会っている。この時代の剣豪や小説に興味がある人にはお勧めの本だ。一方、剣術の解説書ではないため、剣術について技術的な説明や具体的な描写はない。当時の技術そのものに興味がある人には、その点は残念なことかもしれない。
文之助の人柄は快活で、旅の中多くの人と交流し、仲良くなっている。また、酒豪であるためか酒宴の話が多い。それだけに試合以外のエピソードも豊富で、読み物としても楽しめる。

管理栄養士養成課程があるウチの大学図書館の料理本貸出ランキング2013

私の勤務先の大学図書館の貸出ランキングから、抜粋した結果をここに出してみる。
公開している貸出ランキングは、講義で指定された資料ばかりランクインするので素のままだとあまり面白くない。そこでランキングから講義で指定された教科書や参考図書は除外し、料理本に絞って抜き出してみることにした。また、特定疾患の患者のための料理本も入らないようにしている。

第10位

キユーピーのマヨネーズレシピ : 日本でいちばん愛用されているロングセラー! : マヨがあると、こんなにおいしいおかずとおつまみ76品』

キユーピーのマヨネーズレシピ

キユーピーのマヨネーズレシピ

昨年から食品メーカー監修のレシピ本が無数に出版された。勤務先でもいくつか購入したが、その中から唯一のランクイン。隠し味も含めて多くの料理に使えるマヨネーズの扱いやすさが決め手だろうか。ランク外だがこの本以外の食品メーカー監修本で人気があったのは『S&B本生生しょうがたっぷりレシピ : チューブタイプだから簡単便利!』

第9位

女子栄養大学のカフェテリア : カンタン今日のごはんはこれで決まり』

女子栄養大学のカフェテリア カンタン今日のごはんはこれで決まり

女子栄養大学のカフェテリア カンタン今日のごはんはこれで決まり

女子栄養大学のレシピ本はいまだにどれも人気が高く、これも2010年出版でありながらランクイン。調理過程の説明は簡潔で、写真も完成したところしかないが、家庭料理に近い献立で人気の本。

第8位

『丸の内タニタ食堂 : 行列のできる500kcalのまんぷく定食とお弁当』

丸の内タニタ食堂 ~行列のできる500kcalのまんぷく定食とお弁当~

丸の内タニタ食堂 ~行列のできる500kcalのまんぷく定食とお弁当~

女子栄養大のレシピ本と並んで人気があるタニタの本から、今年四月に出版されたこの本がランクイン。レシピは今までの本と重複しない。またデザートとお弁当のレシピがある点は新しい。

第7位

『国循の美味しい!かるしおレシピ : 0.1mlまで量れる!かるしお (軽塩) スプーン3本セットつき』

国循の美味しい! かるしおレシピ 0.1mlまで量れる! かるしおスプーン3本セットつき

国循の美味しい! かるしおレシピ 0.1mlまで量れる! かるしおスプーン3本セットつき

タニタや女子栄養大のレシピ本の成功以来、企業・学校・病院の料理本がいくつも出た。どれも先駆者ほど利用はないが、後発ながらも人気が高いのがこれ。家庭でこの本の通りに作るとなるとかなり時間がかかって大変だが、管理栄養士を目指す学生には役立つ内容。複数の調味料の組み合わせや使い方がポイント。最近2も出た。

第6位

ジップロックでお弁当革命 : もっとラクチン : 作りおき&冷凍もOKなおべんとう箱の新定番 (主婦の友生活シリーズ)』

ランクインするのは健康レシピの本だけとは限らない。
これはジップロックを使ったかなり簡単なお弁当レシピ本で、今年出版された料理本の中では有用な本。管理栄養士の勉強用というより自炊・お弁当派の学生の利用によりランクインした。

第5位

『365日野菜のおかず百科 : 下ごしらえ、保存法、調理のコツがすべてわかる。 増補版 (主婦の友百科シリーズ)』

特定の食材の扱いをまとめた本は、管理栄養士の様々な調理実習の中でも有用で、色々な食材の本が利用される。中でも野菜にあわせた様々な調理法がみつかるこの本がランクインした。

第4位

女子栄養大学の毎日おかず : 食材からひける、献立もついてる』

女子栄養大学の毎日おかず―食材からひける、献立もついてる

女子栄養大学の毎日おかず―食材からひける、献立もついてる

女子栄養大の本の中でも料理の種類が豊富で、調味料の表記もグラム単位ではなく大さじ・小さじ表記とあって、扱いやすい本(女子栄養大のレシピ本の多くはグラム表記)。一年を通して借りられる時期に偏りがない。

第3位

『スポーツ選手の完全食事メニュー : 小学生から中学・高校・大学・プロスポーツ選手まで : プロも実践400レシピ』

スポーツ選手の完全食事メニュー―プロも実践400レシピ

スポーツ選手の完全食事メニュー―プロも実践400レシピ

2008年出版と決して新しい本というわけではないが、スポーツ選手用のレシピ本の中で唯一のランクイン。普通のメニューが多く、特定のスポーツ向けの本よりも学生には扱いやすいようだ。

第2位

女子栄養大学のサラダレシピ : バランスのとれた食事はサラダから!

女子栄養大学のサラダレシピ

女子栄養大学のサラダレシピ


またまた女子栄養大の本。
サラダを扱った本は図書館に多くあるが、カロリーや塩分の記述があるこの本は扱いやすく、サラダレシピ本の中では突出して利用が多い。

第1位

『お菓子「こつ」の科学 : お菓子作りの「なぜ?」に答える 新版』

料理本というよりは調理科学の本に近い。
管理栄養士の調理の中でもパンやお菓子作りがある。パン・お菓子作りに関しては多彩なレシピよりもコツや基礎に関する本の利用が多い。中でもこの本は利用が多く、1987年の旧版もいまだに利用されている。


料理本は管理栄養士課程の学習と密接なつながりがあるため年々の変化がゆるやかだが、昨年ランクインしていなかった傾向の本が加わることもあり、意外性がある。昨年はここまで多彩な本の並びではなかった。
しかし来年に変化があるかどうかは分からない。もし次回やる時は「食の本」とか、もっとゆるい主題で抽出することにするかもしれない。

兵士としての武士を知る『戦国時代 武器・防具・戦術百科』

図説 戦国時代 武器・防具・戦術百科

図説 戦国時代 武器・防具・戦術百科


Weapons and Fighting Techniques of the Samurai Warrior, 1200-1900の日本語版。著者本人による日本語版であり、監修に小和田哲男氏がついていることもあって、訳書にありがちなおかしさを感じない本。
この本は、タイトルに「戦国時代」とついているが実際には中世から近代直前までの幅広い年代の武士の合戦にまつわる情報を整理した本である。特に鎌倉・室町・戦国までの時代についてが中心で、その合戦の背景も含めて解説されている。
その内容は単なる合戦、武具や戦術に留まらず、武術的な知識に関わる話もある。また、図や写真が豊富で、当時の絵図や浮世絵、解説図などカラーの図版も多い。
武士のあり方や精神性、武術といったものから始まり、単なるハンドブックに留まらない様々な視点からの解説、情報を含んでいる。特に騎兵や銃器、大砲の運用についての解説は、日本の類書でもあまり触れられていない要素を含んでいる。
新しい知見がある一方で、この本に書かれた戦術の変遷や解説には疑問があるというか、肯定しかねる部分もある。豊富な図版にはなぜこの図を採用したのか分からないものもある。この本に全面的に依存するには難があるが、武士の戦闘について幅広く知りたいなら一度は読んでおくべき本だと言える。