剣鬼喇嘛仏

山風短(2) 剣鬼喇嘛仏 (KCデラックス)

山風短(2) 剣鬼喇嘛仏 (KCデラックス)

今日のシステマの練習で言及した剣鬼喇嘛仏の話を書いておく。
表題作の『剣鬼喇嘛仏』は宮本武蔵を剣の宿敵として追う長岡与五郎(細川忠興の次男)が細川家の忍者の策によってくノ一と交合した状態で離れられなくなるという話。与五郎はつながったまま武蔵を追って旅をし、戦いもつながったままですることになる。この辺が今日の話と関連があるところだ。
それだけだとコミカルだが(実際せがわまさきによる漫画版を見てもそうとしか言いようがない)、終わりは何とも悲しい結末となる。
せがわまさきの漫画版は小説とは結構変わっていて、これはこれで面白い。
ところでこの『剣鬼喇嘛仏』が収録されているちくま文庫の『山田風太郎忍法帖短篇全集 12』は他にも江戸川乱歩を基にした『伊賀の散歩者』という名作もあるのでお勧め。

虫の声を聞き取る日本人の脳は特別か?

日本人の脳の働き方は虫の声を「声」として聞き取るように特殊だという記事が掲載されていた。
なぜ日本人には虫の「声」が聞こえ、外国人には聞こえないのか?- 記事詳細|Infoseekニュース
これは角田忠信の『日本人の脳 脳の働きと東西の文化』(大修館書店、1978年)などで広く一般に知れ渡った説だ。

日本人の脳―脳の働きと東西の文化

日本人の脳―脳の働きと東西の文化

他の本で言及されていることも多いので、それで知った人もいるだろう。
しかしあまり知られていないが、この説の根拠となる研究には問題があったのである。
この角田忠信の主張に否定的な論文が1981年に出ており、さらに『科学朝日』誌上で1990年3月号からこの問題についての論争が掲載されたことがある。それらの内容から考えると角田説に学術的な価値はないと考えていい。そもそも虫の音を日本人だけが特に聞き取るという前提からして実証されていない。
この件については八田武志(2013)『「左脳・右脳神話」の誤解を解く』(化学同人)に詳しい。
「左脳・右脳神話」の誤解を解く (DOJIN選書)

「左脳・右脳神話」の誤解を解く (DOJIN選書)

同書の内容を元に「日本人の脳」説の問題点について紹介してみよう。


角田忠信は当時、独自の実験手法で日本人の脳と西洋人の脳の違いを明らかにしたと主張した。角田説の根拠となった研究で使われた実験手法は、その頃国際的に左右脳と聴覚の研究で使われていた試験法ではない。その手法に不明瞭な点があったこと、角田理論について査読付きの学術論文がほとんど無かったこと、合致するような追試がなかったため、一般メディアには受けたが学術的には評価されなかった。
角田テストでは音に追従して操作する電鍵を押すリズムが乱れることから感受性を判断していたのだが、この「リズムが乱れる」ことをどう定義し、判断するかが明らかではなかった。
このため完璧な追試は実施できず、角田忠信の『日本人の脳』の検証として行われた他の研究者の論文では別の試験法が使われている。1981年の以下の論文では虫の音など環境音の中で英語の数系列を聞き取るテストを英国人と日本人を対象に行った。結果は違いがなかった。
The inferential interference effects of environmental sounds on spoken speech in Japanese and British people. - PubMed - NCBI
時代は下って1990年。『科学朝日』誌で「立花隆が歩く 研究最前線」という連載記事に「脳の専門家の間では角田説はあまり受け入れられていない」という内容が書かれた。
CiNii 論文 -  立花隆が歩く-15-東大医学部放射線科--脳の働き
立花隆は、東京大学に導入された脳画像測定装置(PETスキャン)の取材を行い、日本人と西洋人との脳機能に違いは見出せなかったという実験結果を紹介した。同記事で角田説が支持されていない状況について言及したのだ。
それに対する角田からの反論が『科学朝日』1990年6月号に掲載され、続く7月号・8月号に論争が掲載されるという事態になった。
CiNii 論文 -  日本人の脳機能は西欧人と違う--脳の研究の難しさと誤解
CiNii 論文 -  「日本人の脳は特異」説への疑問--角田氏の反論を読んで (論争 右脳・左脳と日本人)
CiNii 論文 -  追試者は結局,創始者を超えられない--久保田氏のコメントを読んで (論争 右脳・左脳と日本人)
CiNii 論文 -  角田理論を支持する電気生理学的実験 (論争 右脳・左脳と日本人)
CiNii 論文 -  実り少ない民族差の研究 (右脳・左脳と日本人-続-)
CiNii 論文 -  論理性と客観性が不可欠 (右脳・左脳と日本人-続-)
この論争において、角田説の新しい実験手法にも不明瞭な点があること、他の研究者達による既存の研究結果と整合性がとれないといった問題点は(新しい実験方法やその後の脳研究の進展にも関わらず)変わらなかった。また角田の「追試者は結局、創始者を超えられない」といった追試の意義を低く見る主張も研究者として問題があった。
詰まるところ、角田説は科学的な手続きや検証を十分経たものではなく、通俗的な日本人特殊論で使われているに過ぎない。

都市伝説以外も出てくる『映画で読み解く「都市伝説」』

映画で読み解く「都市伝説」 (映画秘宝COLLECTION)

映画で読み解く「都市伝説」 (映画秘宝COLLECTION)

6月に出たASIOS『映画で読み解く「都市伝説」 (映画秘宝COLLECTION)』をようやく読むことができた。
ディアトロフ峠事件を扱った『ディアトロフ・インシデント』のように日本であまり詳しく解説されてこなかった映画と事件についての解説があったのはありがたい。
他の映画もかなり幅広い。また、他のASIOSの本同様、参考文献も揃っている。
しかしタイトルの「都市伝説」から口承で伝わる現代民話(「消えるヒッチハイカー」的な)を想像していたので、ちょっとタイトルと合わないなと思う内容もあった。私はてっきり『アリゲーター』や『暗闇にベルが鳴る』のような映画を扱うのだとばかり思っていたのだ。
私の先入観を差し引いても「第6章 遥かなる宇宙」はほとんど宇宙映画の科学考証の話であり、都市伝説とは関係なくなっている。
そんなわけで、いわゆる都市伝説らしい話ばかり扱っているわけではないが、興味深い本なので目次を読んで気になった人にはお勧めできる。

中国武術写真大鑑

中国武術写真大鑑

中国武術写真大鑑

ちょっと気になったことがあったので図書館で昔読んだ『中国武術写真大鑑』を借りた。
写真中心で中国の様々な武術と武術家、簡単な歴史や関連情報を紹介した本だ。
情報量は少ないし昔の本だから心意六合拳形意拳の別名としているなど難があるが、変わった武器を数多く紹介している点は良い。
探していたのは同書の「龍虎双刃刀」で、この武器の形状がフィリピンのクリスそのものなのである。
写真が小さすぎて細部が分からないのが残念だ。

英語の日本武道文化辞典の用語と説明について

Pauley's Guide: A Dictionary of Japanese Martial Arts and Cultureという日本の武道武術の用語を英語で解説している辞書を読んだのだが、一部の項目に表記の間違いや何らかの誤解、取り違いが見られた。この本のamazon.comのレビュー評価は高く、海外に誤解を広めているのではないかとちょっと気になった。
気になる項目が多いので一部だけ抜き出してみよう。
用語はアルファベット表記だが、一部は日本語表記もついてくる。その日本語表記にもおかしな例がある。

-MO ICHI DO KAGAME WO MITE KUDASAI (もう一度鏡を見てください)
「“もう一度鏡を見ろ”日本のことわざ」という意味の説明がついてくるが、これはことわざではない。なぜこの辞典で取り上げられたのか分からない。アメリカで知られた人物が広めたのだろうか。それとカガミがカガメになっている。この本にはこうした一字の間違いが多い。

-RYUGO RYU
日本語表記は出ていないが、恐らく「柳剛流」のこと。「薙刀術に特化した流派」とある。えー…

-SEN(戦意)
initiativeのことだとある。「先」のことだと思われるが、説明についてくる日本語表記は「戦意」

-TANDEN (単点)
説明を読むと丹田のことのようだが、「単点」とある。こういう表記をする流派はあるのだろうか?

-TAYU JIAI
説明を読むと「異なる流派での試合」とある。他流試合のことだろう。

金倜生『練打暗器秘訣』

Twitterで指弾(如意珠)の話題が出ていたので、情報源として有名な『練打暗器秘訣』(练打暗器秘诀)を紹介しよう。
この本は中国の隠し武器である暗器について書かれた本で、1932年に上海武侠社から出版された。
この種の特殊な武器についての本は珍しく、その後何度も別の出版社から復刻されている。
現在は2009年に山西科学技術出版社から出された影印版がよく輸入されているので入手しやすい。
同書では次の36の暗器が紹介されている。

一 繩鏢
二 脫手鏢
三 單筒袖箭
四 梅花袖箭
五 流星錘
六 柳葉飛刀
七 飛蝗石
八 飛爪
九 飛叉
十 飛鐃
十一 擲箭
十二 飛刺
十三 狼牙錘
十四 鐵蟾蜍
十五 金錢鏢
十六 鐵橄欖
十七 龍鬚鈎
十八 雷公鑽
十九 如意珠
二十 吹箭
二十一 鵝卵石
二十二 彈弓
二十三 噴筒
二十四 錦套索
二十五 弩箭
二十六 緊背花裝弩
二十七 踏弩
二十八 標槍
二十九 袖砲
三十 軟鞭
三十一 梅花針
三十二 乾坤圈
三十三 鐵鴛鴦
三十四 鐵蓮花
三十五 飛劍
三十六 鳥嘴銃

飛び道具、投擲武器が多い。武術と関係ない武器もある。
全ての暗器について構造・練法・源流を解説しており、本の冒頭に練習風景とおぼしい図がついている。
かなり珍しい武器もあり、この本がその後出版された他の本の種本になっているのではないかと思うようなものもある。
この手の武器に興味がある人には必読の本。

江戸しぐさを巡る人々と江戸しぐさの衰退『江戸しぐさの終焉』

江戸しぐさの終焉 (星海社新書)

江戸しぐさの終焉 (星海社新書)

原田実氏の『江戸しぐさの正体』の続編とでもいうべき本が出版された。早速購入。
前著の『江戸しぐさの正体』については以下に書いた。
広まってしまったインチキ江戸『江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統』 - 火薬と鋼
今回の『江戸しぐさの終焉』は、江戸しぐさの問題点、前著の後に明らかになった事情、その後の推移を整理している。
いくつかは続・江戸しぐさの正体 | ジセダイ―星海社がおくる、行動機会提案サイトに書かれた内容と重なっている。
前著を読んでいなくともわかるように問題を追っているので、これだけ読んでも大丈夫だ。
大きく分けると以下のような内容になっている。

  • 江戸しぐさの問題点。江戸時代にありえない内容や普及について。そして教科書・教材からの削除へ。
  • 江戸しぐさ推進の歴史。江戸しぐさを作った芝三光をはじめとする推進者や各団体の関わり、活動について。
  • ニセ科学と教育活動が結びついた「親学」と江戸しぐさのつながりについて。TOSSやサムシンググレートなどとも関わる教育問題としての側面。
  • 江戸しぐさの正体』後の反響。メディアや各種団体の反応、そして批判の広がり。
  • 江戸しぐさ推進団体の衰退やその後、推進団体を離れてしまった江戸しぐさの動向。
  • 江戸しぐさ問題の所在、責任、周辺の人々。そして終焉へ至る現状。

新書ながらかなり多方向から江戸しぐさ問題を追っており、面白さも様々な面で味わえる。
ニセ科学問題を知っている人にはTOSSや親学の問題は知っているだろうから、そのつながりからニセ科学と教育問題について理解しやすいだろうし、偽史問題やメディアの問題、教育行政の問題など、様々な問題と接続している。
江戸しぐさ推進者たちの分裂や優劣などは、まるで武術の流派の継承者の問題のような味わいもある。
江戸しぐさそのものは強い求心力を持った活動としては収まったが、ある程度定着してしまっていて見かける機会は多々ある。
また、今後もこの種のウソが広がろうとすることはあるだろう。
そうした問題に対するカウンターや参考例として、非常に価値のある本だと思う。